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新しい年

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ふぁんじにさんからいただいた大ぶりの黒豆を、年末に母が煮豆にした。

その後、またもめてとうとう年取りはしなかった。大晦日に床の間と神棚に年取りの料理を上げなかったのは、たぶん初めてのことかもしれない。

なかったことに、ほうっておいて寝かせておくのがいちばんましな解決法なのだろうと思いつつ、なんだか納得がいかなかったのと、急にどうでもよくなった脱力感とで、何かするのをやめてしまった。紅白も見なかった。

それでも、年は明けるわけで。用意しておいたもので雑煮を作る母を見て、それもまた申し訳なくて。

たぶん。こういったことの繰り返しなのだろうなあと思いつつ。

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たきも16歳。


今年は春から勤務先が替わる。


一生を春夏秋冬になぞらえるなら、母とたきがいる季節は冬。ちーと私は秋。


これまで、人生終わったなあと思ったことは2度あって。
そう思ったはずなのに、変わらず人生が続くことにびっくりして。
そうか。自分で決めることはできないものなのだと悟って。
ならば、頑張るしかないだろうとそれなりに力を振りしぼり。

ロスタイムがどれほどあるのかわからないけれど。

全力疾走はとうてい無理だけれど。

描く夢は大きいのかどうかもわからないけれど。


悠々として、急げ。

5年後、起業することを目標に今年から5年間、新しい場所で働くことができますように。

家族を大切にできるよう。

保護猫に新しい本当の家を見つけることができますように。

福島から、一匹でも多く猫を保護することができますように。

全力でなくとも、力を尽くすことができますように。

世界が平和でありますように。
# by amemiyataki | 2016-01-03 12:43 | 日常

小さくても、花を咲かせて。

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乙女椿(福島県浪江町にて)




熊本は天草出身の作家・石牟礼道子さんの記事(朝日新聞2015.9.26付)を読んだ。



福島の原発事故直後のニュースを見て、「水俣と同じことが起こるだろう」と感じたという。

原因の企業が、地元に雇用を生む存在でもあることから、地域社会が分断され、被害が回復されないまま忘れらていく。

「福島と水俣で起きたことの背景にあるのは、現代はお金が一番の生きがいであり、倫理だということです。

本当はそうではなくて、小さくても花をさせて、その香りを次の世代に残すのが人間ではないでしょうか。

そうしてつないでいく魂があるはずです」



福島の原発事故の後、石牟礼さんが詠んだ俳句。


毒死列島身悶えしつつ野辺の花



水俣で育った石牟礼さんのそばには、いつも不知火海があった。



さくらさくらわが不知火はひかり凪


穏やかな内海は陽光を照り返し、「まるで一枚の光の布のように見えることがある」という。

そんな海の様子を、地元の漁師たちが「きのうは、ひかり凪じゃった」と話していたのを思い出して詠んだ句だ。

有機水銀で汚染されたのは、その美しい海だった。




私たちは、次の世代へ何を残していくのだろう。
# by amemiyataki | 2015-09-26 15:14 | 日常

この先に見えるもの

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常磐線(福島県双葉町にて)



2015年9月5日午前0時、事故が遭った原発から20キロ圏内に指定されていた、

旧警戒区域のうち、楢葉町に出されていた避難指示が解除された。


6日、ありこさんといつものように給餌に回っていたら、給餌場所になっていた、依頼主さん宅の解体工事が始まっていた。


給餌器はなくなっていた。


依頼主は震災後、避難先で病気を患い、今も闘病中だ。

写真の線路の先に、ふたば駅がある。

里親さんを訪ねに行ったとき、降りた駅だ。もう10年前のことだけれど。


ほんの少し、立ち寄っただけの町で、ささやかな思い出しかないけれど。

震災後は、数えきれないほど通った町。


この町に出された避難指示が解除される見通しは立っていない。


住んでいた人たちの思い出は。記憶は。

住んでいた、ふるさとへの思いは。


何もかもが、何か見えないものと目に見えるものに、のみこまれていくみたいで。


言葉をなくして立ち尽くすとは、こういうことだ。


ふたば駅の先に、原発がある大熊町の駅がある。
# by amemiyataki | 2015-09-08 07:31 | 日常