IE9ピン留め
たきと一緒 '07~
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あともう少し…

みいちゃん



とおっ!


 すっかり更新が滞ってしまったけれど。

 火曜納品がクリアできたら、落ち着くはず。ふう。
 (というか、その後は仕事は未定……)


にゃあちゃん



 ふたりは仲良し。

 にゃんこはうすで飼い主さんから預かりちゅう。

*****

 2012年度版カレンダー、プチポンショッピングで販売中です。

 まだカレンダーを用意されていない方、もうちょっと欲しかったのよーという方、ぜひお買い求めください~。

 お年賀には遅れてしまいましたが、お友達やお知り合いへのプレゼントにも。

 壁掛けタイプ、卓上タイプ。それぞれ登場する猫が違っていて、両方そろえていただけたら、よりプチポン猫のことがわかりますよ~。


 収益は保護猫たちのケア治療費、保護活動費に充てさせていただきます。

 どうぞよろしくお願いいたします。


※プチポンがレスキュー参加しているねこさま王国でもカレンダーを販売中です。お買い求めはこちらから。


 まだ、まだ人がいなくなった町でギリギリ生きている犬や猫たちはたくさんいます。レスキューを継続し、保護ケアを続けていくためにも、忘れないでいただけたら。少しでもご協力いただけたらありがたいです。

 どうぞよろしくお願いいたします。


*****
# by amemiyataki | 2012-01-23 20:06 | 日常
定命

仮の名はチャーハン♂ 一時預かり募集中。問い合わせは ねこさま王国 中山 ariko602@yahoo.co.jp まで。


 先日、NHKで瀬戸内寂聴さんの青空説法を見た。

 89歳。体の不調にもかかわらず、宗教家として被災地に「駆けつけずにはいられなかった」という。

 
 あの震災で、なぜ愛する家族を失わなければならなかったのか。なぜ、あの人が死ななければならなかったのか。

 心の傷がむき出しのまま、今も苦しむ被災者に向かって寂聴さんは言う。すべては「定命(じょうみょう)」、人の命(寿命)は生まれる前から定められているものなのだから、と。

 どれだけの人がそうか、定命なのかと納得したかはわからないけれど。

 よくよく考えたら、そう思うことで気持ちがふっと一瞬、救われるのではないかと腑に落ちた。


 人はあきらめが悪いものだし、いつまでも苦しみ、もがくものだけれど。

 すべては定められているものだから。

 すぐには納得がいかなくとも、そう思い至ることで、遺された者は救われるのかもしれない。そう思った。

*****

 寂聴さんの青空説法を母と聴きに行ったのは、16年前。父を亡くした母の消沈は傍で見ていて心配するほど相当なもので、広告を見て、この人の話を聞いたら何かヒントになるのでは、と思ってのことだったが。

 当時はちょうど、阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件が起きたばかりで、説法も自然そういう流れで、その時は母も私も「ピン」と来なかった。

 ついでにその夏は、イタコにお父さんを呼び出してもらいたいと母が言い、青森の恐山ツアーにも参加したのだけれど。
 なにせツアーで時間が押していたのと、同じ目的の人がほとんどなわけだから限られた時間内に自分の順番が回ってくるはずもなく……ほかの人が呼び出してもらっているのを近くで聞いていた母が、何かつき物が落ちたように「もういい」と言った。ひとりで10人くらいの亡くなった縁者を呼び出してもらっている人がいて、カセットテープに録音していたのだ。次々と呼び出し、その都度変わるイタコの口調が何か芝居じみていたようで、醒めてしまったようだった。


 大切な人を失い、遺された者の悲しみは言いようのないほど深い。突き落とされた底から、どうやって這い上がればいいのか。それがわからなくてある人は自分だけの悲しみにはまり、ある人は救いを求めてあがく。

 生まれたからにはいずれ死ぬのはわかる。ただそれがいつ、どんなかたちで生を終えるのかがわからないから、ある日突然の別れに茫然としてしまうのだ。

 命に限りがあって、それが定められたものだとして。それがわからないから人はもがくしかないのだ。
 そしてふと、ああここで生を終えたのは定命だったのだと、いつか腑に落ちるときがくるのかもしれない。

 そう思いきることができるまで、「時」という薬が必要なのだけれど。



 レスキューをしていて、連れ出せない犬猫は数多い。状況は悲惨さを増していく。
 そういうなか、すべては定められた寿命だったのだからと思いきれることは、案外自分自身の救いにつながっているのかもしれない。

 人が生きていくなかで、しなければいけないこと。

 悲しむのは当然だけど、後悔しすぎないように。


*****

 まったく関係のない話だけれど。

 仕事を替えようと思ったら、思いがけないところから救いの手が差しのべられた。

 もう少し頑張ってみるしかないのかなあ。うん。

 たぶん、すべては定められていることなのかもしれないけれど。

  
# by amemiyataki | 2011-12-09 02:22 | 日常
この広い空の下で



 平年より遅いとはいえ盛岡も初雪が降り、朝は霜が降り、最低気温が氷点下は当たり前になってきて、夜明けの時間が遅くなった。

 といっても。

 盛岡にいるときは夜明けなんて見ない。

 こんなふうに夜が明けていくさまを見るのは、福島にいるときくらい。

 明かりがない真夜中の星空の美しいことといったら。岩手で見るより北極星は低く輝き、オリオンもカシオペアも見慣れた位置とは違う。天の川がはっきりと見え、あたりの闇の気配はちょっとばかり怖かった…。ありこさんは生きている人間のほうが怖いと言うけれど。



 太陽も星も。変わらず東から昇り、西へ沈み。自然の大きな営みは変わらないのに。


 どうして? という思いが毎回わき上がる。どうしてこんなことになってしまったのか。

 どう考えたって、すべては人間のせい。人間のせいで、想像するのも恐ろしい経験を強いられている動物たち…。宇宙のほんの片隅で生かされていることを忘れて、目先のちっぽけなことにとらわれて。

 毎回、それぞれいろんなことが起きる。無力なのはわかっているから、そう絶望するのも傲慢だ。限られているできることを尽くすのみだ。


 この広い空の下、生きているのは人間だけではないことを決して忘れてはいけない。むしろ、私たちはたくさんの命あるものに生かされていることに気づき、感謝しなくては。

 毎回、大切なことに気づかされる。

*****



 人が立ち入ることができなくなった場所から8ヵ月ぶりに連れ出された子。



 以前は、こんなふうにおうちの中でまったりゴロゴロしていた子。頑張ったね。

 保護された様子などはこちら


 人間のあきらめない気持ちが届き、かないますように。

# by amemiyataki | 2011-11-30 01:37 | 日常
にゃんこはうすより「マロン♂」一時預かり募集中!

エイズ白血病ウイルスはどちらも陰性。
三種混合ワクチン接種済み、不妊手術済み。

カフェオレ色のポイント、淡い青の目がチャームポイントのシャムMIXくん。

保護時のスレンダーボディも、にゃんこはうすスタッフの手厚いケアのもと、すくすくふくふくなりました。

実は…マロンくんは猫が嫌い。過密状態の保護部屋暮らしを早く卒業させたいと願っています。
一時預かりさま募集中です!

お問い合わせはねこさま王国、中山 ariko602@yahoo.co.jp まで。

よろしくお願いします。













# by amemiyataki | 2011-11-20 13:58 | 日常
にゃんこはうすより「そら♀」一時預かり募集

そらちゃん♀ エイズ白血病のウイルスはどちらも陰性。不妊手術はまだ。

子猫のあどけなさを残す、まだ年若い女子です。
一見、キジトラに見えますが、キジ独特のトラ模様があるのは、
顔と首元のネックレス模様と手足の先に少しだけ。
アビシニアンのような毛並みと、小顔の持ち主。
よく遊びます。
活発。毛色同様明るい性格。

先住猫さんともうまくやっていけそうな感じ。

一時預かりさま募集中です。

問い合わせはねこさま王国
中山 arikok602@yahoo.co.jp まで。


















# by amemiyataki | 2011-11-20 12:24 | 日常
にゃんこはうすより「ドロンジョ♀」 決まりました!
 福島の被災地でペットレスキューを今も行うねこさま王国。私も微力ながら参加しています。保護した猫たちは南相馬市にあるシェルターにゃんこはうすで大切にケアされています。

 しかし、保護頭数が60頭前後の今、被災地からレスキューできる頭数が限られてきています。

 預かりをしてくださる方、里親になってくださる方を切実に募集しています。預かり宅、里親宅へ猫たちが移れば、その分また、保護できるという厳しい現状です。

 これまで行き場のない猫たちの保護ケアをしてきたプチポンでは、保護する猫たちのほとんどが人なれいまひとつ。ですが、福島の被災地でのレスキュー活動はいわゆる「地域猫活動」とは異なります。保護する猫たちはほとんどが「家猫」。震災前は家族に大切に飼われてきた、野良ではない子たちばかり。空腹にもかかわらず、久々に人の手で撫でられ、ゴロゴロ…と嬉しそうに喉を鳴らします。これまで家庭の味を知らない猫たちを捕まえてきたのとはわけが違い、毎回、複雑な思いに駆られます。大切に飼われていた猫たちがなぜこんなことに……?
 そして毎回、連れ帰ることもできずに、命をつなぐフードを置いてくるだけで、「ごめんね」と詫びながら置いてくるしかない猫たちがいます。連れて帰り、ケアできる枠がもっとあれば…。

 どうかぜひ、にゃんこはうすにいる彼らを預かっていただけないでしょうか。これまで書くことに抵抗があったのですが、一匹チェックアウトできれば、さらに一匹連れ帰ることができます。

 お問い合わせは「ねこさま王国」の中山まで。どうかよろしくお願いします。

*****

 更新が滞りがちの当ブログですが、ここしばらくは「にゃんこはうす」の住人(猫)たちの写真を集中アップしていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 今回紹介するのは、仮の名は「ドロンジョ」、まだ若い女の子です。エイズ白血病ウイルスはどちらも陰性。不妊手術はまだ。10月末に保護した当初から、「撫でて~~」とリクエストする人懐っこい子。落ち着いた今は、遊び回ってます。預かりさま、募集中です。

 以下、ドロンジョの写真です。保護時に比べ、にゃんこはうすスタッフの手厚いケアのもと、ふっくらしてきました。

※おかげさまでドロンジョ、預かりさま決まりました!





























# by amemiyataki | 2011-11-16 12:10 | 日常
霜降月

仮の名は道端ジェシカ♀ FIV+ 里親募集中
問い合わせは「ねこさま王国」ariko602@yahoo.co.jpまで


 とうとう11月。今年も残り1ヵ月半。嘘みたい。

 先週は面接を2つ。1つは先週のうちに連絡があるはずなので、ないということは…ダメなのだろう。いやはや。

 じたばたしているような毎日だけど、楽しみもあった。日帰り温泉にも行ったし、ツイートでシルヴィ・ギエム来盛を知り、幸運にも(本当に幸運にも。感謝!)いい席が手に入り(前から10列!)、「ボレロ」を観た。まさか、生きているうちにギエムの生ボレロが観られるなんて!

 ……と書きつつ、実は震災後は心から何かを楽しむということがあまりなかった。娯楽性の高いものを見たり体験しても何か違和感があり。一枚、何かフィルターがかかったように「向こう側」と「こちら側」に隔たりを感じるというか。この公演も楽しめるだろうかと一抹の不安があったけれど…ギエムの踊りはやはり違った。

 太古の昔、踊りは祈りそのものだった。それを思い出させるようなボレロだった。ギエムが震災で大きすぎるダメージを負った日本のために、ひとりのダンサーとして、人間としてできることを…と考え、封印していた「ボレロ」を披露してくれた。

 生きることは苦しいことの連続かもしれないけれど、そこにはきっと、一条の明るい希望があるはず。私はあなたたちのために踊ります。祈りを捧げます。亡くなった人のために。そして生かされているあなたたちのために。

 そんな力強いメッセージが、そこにいるすべての人に確かに伝わり、フィナーレでは満場のスタンディングオベイション。すごかったなあ。あのひとときを、そこにいる人たちと共有できて幸福だった。感謝。

(かかりつけ獣医の先生も書いているので、よかったらお読みください。こちら


 「自分は○○しかできないから」と、被災地支援で自分に制限を設ける人が、その道のプロにせよ一般人にせよいるけれど。それは見方を変えたら自己卑下になってしまうのではないか。ギエムの踊りには、そうした「こだわり」のような足かせがまるでなく、ただひとりのダンサーとして今できる最善最大のことを私たちにしてくれた。それが何よりも嬉しく、みんなの心が感動で震えたのだと思う。

 震災から8ヵ月。復興の道筋はあまり見えていないように思う。忘れてはいけないし、何よりも一人ひとりができることはたくさんある。

*****

 写真を撮ることは、数少ない楽しみになっている。この、道端ジェシカの写真も気に入った一枚。

 レスキューに向かう暗がりの山道、車のヘッドライトがこの子の姿をとらえ、たまこさんが手づかみでキャリーイン。道端で保護したから、この名前がついた。

 野生の猿が出没する山道で。ここは、ダブルキャリアのむぎがいたところでもある。どうして民家のない人里離れた山道に、人懐こい猫がいるのか。避難する際、山に猫を捨てていった人もいるなどまことしやかに言う人もいたけれど……。

 人恋しい子が保護部屋にいるというのは、なかなかしんどい状況だ。保護しただけで終わってしまっていやしないか。寂しがらせてしまって。それをいうなら、人なれいまひとつの猫たちだって寂しさからかストレスで問題行動。もっとできることはないのか…いつもその葛藤。

 里親・一時預かりさま募集中。



*****
# by amemiyataki | 2011-11-15 03:33 | 日常
つかの間のオフ日



 ふう。なんとか午前中納期を守り、次の120ページものを19時半に読み終わり、赤字が出た22枚をコンビニでFAX送信。コンビニFAXは初めてだったけれど……高かった…。B4判を自宅FAXで送信する自信がなかったのだ。しかし便利な世の中になったものだとつくづく感心。コンビニのコピー機で画像のプリントアウトができたときは感動してしまった。

 金曜の17時に次のゲラをもらいに行くまでは、自由だ! やった。

 …といっても、来週の予定はまったくなし……。忙しいのも月曜までだ。

 しかし。こんな生活をしていたらまずい。自分の体もそうだが、母とたきにまで影響が及ぶ。

 もっと余裕をもって。


 納品時に思い切って入金を確認させてもらい…解決!

 お金のことをこちらから切り出すのはなんというかアレだけど、自分で自分の身を守らないことにはどうにもならない。


 この仕事はいちばん馴染んでいるのだけれど。どうなるかなあ…。

 夕方、つい不安になって別ジャンルへ求人問い合わせしてみたが、タイミングが合わず断念。

 考えること。行動すること。


 悠々として、急げ。


 ふう。


 夕方まで時間はあるから、温泉に行ってこようっと。奥入瀬の紅葉がまさに見頃らしいけど、17時までに帰ってくる自信はなし。それでも、どこかの紅葉は見られそうだ。

 納品時、市内の銀杏並木をドライブして、いつの間にか秋も終わりそう…!と、まぶしかった。

 季節は確実に冬に向かっているんだな…。
# by amemiyataki | 2011-10-28 01:46 | 日常
にっちもさっちも

にゃあちゃん 預かり先で可愛がられ中



 ある仕事がなかなか進まず、お尻に火が付き始めてようやくエンジンがかかり。頑張れ頑張れとシャカリキになってたら…突然、先方の事情で暗礁にのり上げてしまった。そのために別の仕事を断ってもったいなかったな…と思ったが、できない状況だったので仕方がない。

 そして、そのある仕事のために納期を延ばしてもらったまた別の仕事に取りかかっていると、さらに別の仕事が入った。納期は中2日というタイトなものだが、二つ返事で引き受けた。そうしたら。
 1日でやってほしいという仕事が間に入った…。

 こう書くとさも引っ張りだこの大忙しの大繁盛、のように見えるかもしれないけれどまったく違う。

 20日に振り込まれるものとばかりに当てにしていたギャランティは入らず、2ヵ月以上前に納めたものに至っては、音沙汰なし。

 いや~。ここまで切羽詰まると逆におもしろくて茫然としてしまう。なんでこうなのか。どこまで追い込まれるのか、こうなったら見届けたい…なんて。


 どうしよう困ったなあ。心の中で繰り返しつぶやいていると、ある一つの答えが出てきた。

 そうか。それに取り組むためにこれほど状況が困窮してしまったのか。こうまでにならなければ、取り組まないだろうと、誰かがどこかで仕組んだことなのか。


 いやはや。


 とりあえず、本日午前中に納品のものを仕上げないと。あと…40ページ。



 1日自由になりそうだったから、母と奥入瀬か平泉に行こう!と思ってたんだけどな…。



 とかなんとか言いつつ、昨日は半日、保護部屋の暖房対策!に頑張った。節電ブーム?なせいか、電気を使わない暖房対策のグッズがたくさんあって嬉しい。保温マットを敷き、こたつを入れ、毛布を仕込み…つかさがガァガァ威嚇しておかしかった。やはりこのおじいちゃんは百戦錬磨のつわものだったか。威嚇の仕方が半端なく、てっちゃんの10倍は凄みがあった。

 ななぼが去り、こだまさんとヒゲさんのところへ福島猫のキャリアが3匹。てっちゃん、あお、つかさ。

 ああ見えて、ヒゲさんは繊細なのだ。ボスタイプではないから、慕う相手を見失って落ち着かない…。



 いろいろあるけど、本当にいろんなことがありすぎるけれど。

 頑張るしかないのだ。生きているかぎりは。

# by amemiyataki | 2011-10-27 06:17 | 日常
Off the wall


はつ♂ ホストファミリー募集中



 今年になってから、すっかり長距離ドライブづいている。
 BGMには、iPhone4に入れている音楽だったりするけど、最近はマイケル・ジャクソンの「オフ・ザ・ウォール」が多い。飽きもせず、繰り返し聴いている。

 驚異的なセールスを誇った「スリラー」前の、クインシー・ジョーンズ プロデュースによるアルバム。全10曲。なんというか、ディスコサウンドあり、ブラックコンテンポラリーあり、AORあり、まさに70~80年代のいい感じの曲が程よい具合に詰まったアルバム。どうしてもまた聴きたくて、アマゾンで500円で購入。制作秘話など入った2000年以降のものではなく、発売当時そのものがほしかったのでラッキーだった。嬉しいなあ。

 レビューにもあったが、この頃のマイケルはなんというか健康的で声に張りもツヤも充分あって元気だ。次作「スリラー」の萌芽を思わせるアルバムタイトルにもなっている「オフ・ザ・ウォール」のストーリー性ある音楽も楽しい。なにより、大好きな「今夜はドント・ストップ」を当時の歌声で聴けるのが嬉しくてたまらない。これは、ジャズダンスを始めた頃に繰り返しインストラクターの先生がかけた曲で、習い始めのクラス10代~60代全員がおぼつかないながらもあの曲に合わせて楽しくステップを踏んでいた。この曲を聴くと、十代の不安定だった気持ちやらあの時の練習風景などがまざまざとよみがえる。先生がかけて振付けしてくれたスティービー・ワンダーの「迷信」も最高によかったなあ。たまたま、バレエをやっていたときの先輩で上京してジャズダンスに目覚め、紅白ではヒロミGOのバックダンサーとかしていた人が、盛岡へ帰ってジャズダンス教室を開いたのに偶然誘われたのだった。懐かしい思い出。

*****

 なかなかもどかしくも情けない毎日を送っているが、希望を持って臨もう。すべてのことに。

 むちゃな納期のものはできれば断ることができるように(そもそも、安請け合いしたら相手に失礼だ)。

 けれど、やはり日々の暮らしの糧は必要なわけで。思い切って商売替えをしてバイトに徹するべきなのか。

 あれこれ考えるのは変わらない毎日。ふう。

 Off the wall.  型破りな、突拍子もないという意味の慣用句で、訳詩には「気楽に」とあるそうだ。「King of Pop」という称号を手に入れることなど関係なく、当時のマイケルはもっともっとと高みを目指しながらも愛する音楽にひたすら打ち込んでいたんだろうな。
# by amemiyataki | 2011-10-24 01:14 | 日常
メメントモリ


陸前高田市。かつてここは市街地だった。

 先週、沿岸の被災地、大船渡市と陸前高田市へ行った。1日で16軒回るという超ハードなものだったけれど…なんとかできた。(しかし、こういうことをしているから落ち着かないのだ。落ち着きたいのに。)

 神田葡萄園(ここの地サイダー最高!)から先は何もないよ…と言われていたが……確かに何もなかった。本当に。

 防波堤はなく、海と市街地がこんなに近いとは…と、ただただ茫然。高田病院も、郵便局も、そして市役所も。3階建ての市役所屋上に難を逃れ、雪が舞う中ひと晩夜を明かした人たちは、どんな思いだったか…。よくぞ無事でと、残された建物を見て思う。

 プチポンを支援してくださっていた方が、ここで亡くなった。生前、会う機会があったのに私はその機会を生かさなかった。忙しさにかまけて。いったい何様だというのか…。

 やっとここへ来ることができた。ただ手を合わせるしかなかったのだけど、ひとつ何かを果たせたような気がして(自己満足だけどね)ほんの少しほっとした。


 大船渡市の沿岸にある飲食店60店舗のうち、残ったのはわずか3軒という。店を失った人たちが内陸へ店を移し、ようやく再起を図り元気を取り戻しつつあった。聞くと、こちらがどうしていいかわからないほど悲惨な出来事なのだけど、会う人みんなが震災前に戻ろうと、いやそれ以上によくしようと静かな闘志を燃やしていた。プレハブの仮設店舗には宴会ルームもあり、近々カラオケルームも作るよ~と、店長は張り切っていた。

 三陸では、生きている間に二度、津波がやってくるという言い伝えがあるのだそうだが、実際、そういう体験をした高齢者はたくさんいた。傍目には淡々と、淡々とできることを日々こなしているように見えた。みんな、優しい。
 たぶん、もっと前に来ていたら、こうではなかっただろうけど。

 生かされた人たちは再生を誓うしかないのだと、そう思った。

 死は平等に、命あるものに訪れる。

 どんなふうにいつ迎えるのか、それはわからないけれど。せめて生あるうちは、やさぐれることもあるだろうけど、できれば大らかに笑うことができるよう毎日を過ごせるように。

 ……これがけっこう難しいんだな。
# by amemiyataki | 2011-10-14 00:49 | 日常
老いる

あお♂ エイズウイルス(+) ホストファミリー募集中



 ちゃとの飼い主さんと思われる方に、同じ敷地内で保護したあおとつかさの情報がほしくて、連絡をとってみた。

 そうしたら。

 ちゃとが飼い主さんの猫ではないことがわかった…。

 飼い主さんがレスキューを依頼した自分の家の猫は、茶白の10歳のメスだという。

 ちゃともあおもつかさも飼い主さんの家の猫ではない。

 振り出しに戻るという感じだけれど、大差ない。元の飼い主をさがしつつ、ホストファミリーをさがす。
 

 ウイルス陽性の猫たちにも、不自由なく飼い猫だったときのように、人の愛情を注いでもらえるように。うららやあおと接していると、本当にそう思う。せっかく保護して、寂しい思いをさせたくはないのだけれど。

 保護部屋でケージ管理下にあると、気持ちは沈みがちになってしまう…。なんとかしたい。

*****

 花巻から叔母が来て、母と私と3人で、88歳と91歳の大伯母の見舞いに行った。

 入院中の88歳の大伯母は、意識ははっきりしているものの、筋肉がすっかり落ちた体はベッドから起き上がることができない。それでも、肺炎で入院していた頃よりはずいぶん元気になった。細い腕に点滴跡が痛々しく、本人もしきりにそれを気にして塗り薬を何度も何度も塗っていた。伴侶の大伯父は90歳。見舞いに通うのもままならず、二人で入ることができる施設を物色中。

 その大伯母の姉である91歳の大伯母はすでに軽費老人ホームに入っており、軽いボケ症状は見られるものの、寝起きもひとりでできて年相応に元気。
 前回行ったときは私の名前が出てこなかったが、今日は思い出してくれた。母と叔母と、若い頃に住んでいた家や町やご近所さんの話ができて大喜びだった。

 お昼は、叔母のご馳走でホテルで和食。久々の大ご馳走に母、大喜び。25日、大台になった母の誕生祝いを兼ねて。繊細な盛り付け、バリエーション豊かな味。目と舌で楽しめる和食は、日本人に生まれて良かったと思うことの一つ。醍醐味だとあらためて思う。母たちは和食膳、私は丼膳。鴨南蛮そばがとても美味しかった。

 この日の予定を事前に紙に書いていた母だったが、当日その紙を忘れ、見舞いに行く順番を取り違えた。けいこおばさんに行ってからとみこおばさんだよと私が言っても、違うと言って譲らず。まあいいんだけれど、たきちゃんはあたしが覚えてないのをいいことにいつも嘘をつくとか作り話をするとか、最近そう言うことが多くて困る。老いては子に従えっていうじゃないと言うと、ますます怒る。私が言ったらダメか。物忘れの多さに本人もびっくりがっくりだが、たきちゃんもあたしの年になればわかるんだからと、プンプンする。
 はいはいわかったわかった。

 正直、母の年齢になった自分など想像もつかない…。

 老いは誰にでも平等に訪れるものなのか。いや、誰にでも平等に訪れるのは「死」だ。

 年老いて、生き方を選べない大伯母たちの姿を見て、自分はどうなるのかなとちらっと思う。
# by amemiyataki | 2011-09-29 02:38 | 日常
秋彼岸

ちゃと♂ 里親募集中



 前回のエントリからずいぶん間があいてしまった…。しかも9月エントリはこれが初めて。うむう。「本日のにゃんこ2」を頑張って更新しているので、そんなにあいているとは思わなかった。

 前回のものを読み返して、ずいぶん苦しそうだな…と思いつつ。今も気持ちはあまり変わらないけど(いただいたカンパや物資のご支援のおかげで保護ケアが維持できています。これは本当に助かっています。ありがとうございます。ご支援がなければ成り立たない状況というのが怖い…)。

 4月に無職になり、7月に働かなくては!と動き出したものの…。7月に働いた分がようやく今月20日に入り。金額が1万4000円。の収入なり。うわ~。恐ろしい……。独り暮らしの賃貸住宅なら言語道断。家賃がないのがせめてもの救い。しかし恐ろしい。
 恥ずかしいことなのかもしれないが、記念に(?)記しておこう。すごいなあ。
 それなのに、締切が3つ重なったり、今も重くのしかかっているものが2つあったり…(でも支払いがいつになるのか、そもそもギャランティがいくらなのか知らされていない)。また身体を壊すのは避けたいばかりに、以前のふんばりもなく。
 なんとかしなきゃと、急遽求人広告を見てバイトを申し込んだけれどそれもたった2日間だけだ。うはー。

 被災動物の状況もさることながら、なかなかリスキーなのではないだろうか自分も。

 考えろ。
 そして悠々として急げ。
 時間は有限なのだから。

*****

 ちゃとを保護した方に確認して、わかったこと。一緒に同じ場所で保護した、あおとつかさは依頼飼い主さんの猫ではないこと。飼い主さんが依頼した自宅の猫はちゃととその姉妹のさび猫、そして親猫の茶トラ。ちゃととさびちゃんは保護できたけれど、親猫は未保護。こういう状況なので、もらい手を見つけてほしい、と。

 あおとつかさの飼い主さんを捜すのは難しいかな…。でも、やれることはやってみよう。

 震災以来、本当になんということが起きてしまっているのか。ずっと重苦しいものに取りつかれているみたいだ。何か一つ、一つでもいい方向に向かえば流れが変わるだろうか。

 すべてにおいて、試されているのか。そしてまた、「ああ私はこの程度の人間なのだ」と打ちのめされる。そう落ち込むのは一瞬にしておかないと。自分をふるいたたせなくては。
# by amemiyataki | 2011-09-24 02:26 | 日常
晴れないなりに

可愛い はく♀ 一時預かり募集中



 少し前のエントリの画像とは同一猫物とは思えない?ほど。これが本来の はくなのかも。栄養不良による黄色い毛はすっかり抜け、ごく普通の白黒猫に。小柄なのは変わらないけど。

 結局、自分はどうしたいのか。

 今いる福島の被災猫のケアをしつつ一時預かり・里親さんを見つけ・託し。できればほかの保護猫たちの里親探しも。そしてやはり、現地へ行けたら。

 7月は行かなかったが、再び福島へ行った。行ったら行ったで、また気持ちがふさぐ厳しい現実を前に無力感に襲われるけど。どれだけのことができるかわからないけど。

 けれど、考えたり悩んだりくよくよ鬱々しているだけの状況からほんの少し動けたことで、少し呼吸ができたような気がする。


*****

 プチポンもりおかでは、福島の被災猫を預かり保護ケア・一時預かり・里親募集をしています。詳しくは本日のにゃんこ2をご覧ください。お問い合わせはフォームからお願いします。

 現在、保護猫19匹。少ない人数でケアを心がけていますが、なかなか行き届かず歯がゆい思いをしています。これまでは地元の行き場のない野良猫を保護してきましたが、福島の被災猫はもともとは「家猫」。野良ではありません。人馴れ今ひとつの猫をケアするのとは違う、もどかしさを感じています。ある日突然、飼い主さんから引き離され、極度の飢餓という大変な経験を味わい苦労を乗り越えた彼らを、どうか再び「家猫」として預かりケアをしてもらえないでしょうか。

 よろしくお願いいたします。

 また、お願いするのは本当に心苦しいのですが、被災猫をはじめとする保護猫をケアしていくには自分たちで出し合う維持費だけではどうしてもカバーできない状況です。本来なら自分たちでできる範囲内でと、ささやかな活動をしてきたプチポンですが、3月11日以降のかつてない危機的状況に猫保護をしている者として被災猫レスキューに関わらなくてはと、少し無理をして頑張っています。自分たちで決めたこととはいえ…やはり継続していくには手助けがどうしても必要です。フードなどの物資支援、カンパご支援のご協力をいただけたら、とてもありがたいです。どうかよろしくお願いいたします。詳しくはメールでお問い合わせください。またはこちらをご覧ください。


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# by amemiyataki | 2011-08-30 01:10 | 日常
閉塞感

福島からやって来た、てっちゃん



 仕事をどうにか得たかなーという状況だけれど…いつギャランティが入るか不明というのもあり、ドキドキ状態。今がいちばん苦しい時かもと思いつつ、もっと苦しい状況に陥ったらどうしよう。
 かといって、土日にバイトを始めたとしたら、もう身動きが取れなくなってしまう。うーん。


 福島猫のうち、いちばん警戒心が強いてっちゃん。ハンディキャップがあるからだろう。たぶん、とても怖いのだと思う。いまだ、空気がはじけるような威嚇音。
 それでも、来てくれてよかったと心から思う。

 けれど。保護猫への問い合わせもなく、頭数も多く、ななぼの不調も気がかりで、甘えん坊のちゃとはつはくうららとも…彼らをなんとかホストファミリーへ託したい。

 すべてが停滞気味で。閉塞感というか。打開するガッツはどうした。

 しょせん、この程度の人間なのかとまた自分に失望したり。

 なんにもできてないなあ。

*****

 困難にあったとき、それを乗り越えられるツールを身につけられたらいいですね。

 とある人に言われ、まさにそうだよなあと思った。

 まあ、収入が不安定だから何かと落ち着かないわけで。

 頑張らなくては。

*****

 ツールといえば。

 ふと思い、ベイリーフラワーエッセンスの「Transison(変換期)」を試している。本当は「細胞の記憶」というのにしようかと思ったけれど、変換のほうかなあと。まだよくわからない。

 今年は13の月の暦では「白い律動の魔法使いの年」なのだそうだけど、それはどんな月なのだろう。と調べようとしたら、思いがけず「バースデーヒーリング」という言葉に出会った。人にはそれぞれ、自分の誕生日に「音」があるという。どれどれ…とやってみたら、「祝福」というバースデーシンボルが出て、ちょっぴり嬉しくなった。それがどういうものかはよくわからないけれど。こちら


 少しずつ元気になっていきたい。自分を取り戻して、行動を起こしたい。





 
# by amemiyataki | 2011-08-16 23:47 | 日常
3つの「生」

呼んで振り向くのは、耳だけ。




生には生命・生活・人生の三つがある


 リハビリテーション医学の権威、上田敏氏の言葉。

生命さえ救えばいいのではない。生活、そして人生を大事にする全人間的復権こそ、リハビリテーション医学だ


 朝日新聞のいつかの記事。切り抜きがそのまま机の上にあったので、忘れないうちにウェブにアップ。震災から4ヵ月以上が過ぎて、命が助かり生活や人生まで救われ回復した人は、被災者のうちどれだけいるのだろう。命の危機にさらされなくとも、今になって生活や人生まで奪われつつある人も出てきているだろう。

 もしこれが自分だったら。そう考えたら居ても立ってもいられない。そうした緊急に駆られて動く政治家はどれだけいるというのか。テレビを通して見る彼の人たちは、偉そうで他人事のように語る。

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 すべてのことに意味があり、自分に起きることは起こるべくして起きる「必然」なのだとしたら。

 自分にとって、今年前半の出来事は、必然だったと受け入れることができるようになった。今になって。けれど、震災で命を落とした人たちにとって、それらは必然なのだろうか。そのことがずっと引っかかっていて、いまだに答えを見出せないでいる。たぶん、答えなんてものはないのだろうけど。

 人はいつか、必ず死ぬ。誰もが。そういう意味で死ぬことは必然だとして、なぜ震災で一度に大勢の人たちが? 生を終えてしまったら、必然を受け入れることもできないではないか。

 頭のどこかに、ずっとある。生活を共にした人、たがいの人生の中ですれ違った人。そうした人たちがあの震災で亡くなってしまった。それをどうやって受け入れたらいいのか。どう、自分の人生を続けていけばいいのか。
悲しみが寂しさに変わり、寂しさが懐かしさに変わる
人はそうやって悲しい別れを乗り越えていく

阪神大震災の時に教えられた言葉です。
身近な人との別れをいくつか経験し
そのたびに心に浮かぶ言葉です


 05年7月に茶トラのたみおが生を終えたとき、ユキチ母さんからいただいた言葉。

 時という薬が効くのは少し時間がかかりそうだから、何か自分で薬を見つけることも生きていく以上、必要なのかもしれない。

*****

 父の遺品を初めて片付けた。17年経って。もうそんなに経ったのか。17年前、東京から帰省して荷物を父の書斎に置いた。以来、父が遺したものたちを覆い尽くすように増殖していった自分の無駄なものたち…。かき分けて、なんてきちんとした人だったのかと改めて思う。比べて、自分のだらしなさときたら…。
 
 いろいろなことを思い出し、お父さん片付けるねと心の中で言いながら。懐かしい父の面影があちらこちらにあった。書道と建築の本をたくさん片付けた。




# by amemiyataki | 2011-07-26 02:37 | 日常
贋者とかまがい物とかイミテーションとかではなくて

福島の被災猫、とも♂ 一時預かり募集中
問い合わせはこちらから



 たまたまというか、成り行きというか。ひとり部屋にしてしまったことで、「とも」くんは他の猫に対して容赦がない。他の猫が大嫌い。オレのテリトリーに入ってくるな!的に怒る怒る。
 それとは真逆に(というか)、人間には「かまってちゃん」の「甘えたちゃん」。キミは分離不安症か?というくらい、後をついて回る。ごはんの準備がこれではできない、と一時的に風呂場に隔離したりして。

 かといって、今日はともとふたりきりでいたら、とても落ち着いたもので。

 寂しいのだ。本当の「かあちゃん」からわけもわからず離されて、そりゃあ頭にもくるだろうし、たくさん知らない猫がいて、いらいらも募るだろう。

 プチポンの環境が彼には耐え難いだけで、きっと初めて猫と暮らすという人にもぴったりではないかと思う。

 エイズ・白血病ともに陰性。保護時去勢手術済み。駆虫済み。近日中にワクチン接種予定。

 一時預かりさま、大募集中です。どうぞよろしくお願いいたします。

 ともの募集記事はこちら本日のにゃんこ2もぜひご覧ください。

*****


ケースを替えた



 ずっと黄色のケースだったのだけれど、なんとなくピンク系がいいなと思い、替えた。最初のイメージはベイビーピンクだったのだけど、店頭で目にしてこれに決めた。

 しかしなんというか…今の今まで、イギリスの「キャスキッドソン」とこの「キットソン」が同一ブランドだとばかり思っていたという…。全然、テイストが違うよね。


*****

 これではダメだと一念発起して売り込み(?)に行ったのが7月7日。幸運にも、あっけないくらい話はまとまり、逆にそれが「本当に仕事をくれるのかなあ、いつ?」と半信半疑だったのが、14・15日に急遽仕事が入った。本当にありがたい。慌てて三脚を買い、カメラ屋さんに教えを請うて…頑張らなくては。少しでもいい仕事をしたい。

 震災から4ヵ月。ようやくその気になったからなのか。東京時代、お世話になった事務所のM社長からも仕事が舞い込んだ。2件。最初のものは恩情から。次のがかなり大変かも。
 そして今日、以前仕事をさせてもらったところからも思いがけない電話。なんと(これは来週、会ってから)。

 まがりなりにもこのフィールドにずっといたわけだから、踏みとどまれる可能性があるなら頑張らなくては。もしどうしてもダメなら、そのときは別のフィールドに移ればいい。

 それにしても思うことは。

 つくづく自分は「本物」じゃないなあということ。つまり「ダメだなあ」と自分にがっかり、失望することがなんと多いことか。

 猫保護に取り組むにしても中途半端。何をするにもこうありたいというところにはほど遠く。落ち着きがない。

 誰かと競うとか、誰かを目標とするとかではなく。こうありたい自分に少しでも近づけるように。

 …て、本当に…そんなことを思うあたりは十代のころとちっとも変わっていないのか…がくり。



アウトプットが出来ない状況にあるときは、ともかく借金してでも
自分に投資することです。インプットを続けることです。

絶対に晴れないどしゃ降りはありません。

私は仕事で大変な事故にあったり、欺されたり、問題が大きかったりしたときに、
その後で、かならずその倍返しでプラスになって戻ってきました。
これは20年以上の経験を振り返って確信できた唯一のことです。

その経験知があるから、どんなに嫌なことも耐えられるんだと思います。
いやなことは全部自分の栄養にしてやるんだって思ってください。
かならず幸せがやってきますよ。


 Mさん、ありがとうございます。


 晴れないどしゃ降りはないのだ。自分を信じることができるよう努力を惜しまないこと。

# by amemiyataki | 2011-07-21 01:10 | 日常
言葉の記憶
 初めての猫、たきを迎えて世界が一変した。毎日が新鮮で、楽しくて仕方なかった。世界中の人に自慢したくて。そんな気持ちでホームページを作った。ほどなく、「さるさる日記」という、ブログの前身というべき日記投稿サイトを始めた。

 それが、2000年5月のこと。

 長年続いた「さるさる日記」のサービス終了のお知らせが届いたのが6月。ログのインポートエクスポートというのを初めてやってみて、移行した。

 2000年5月から、2005年までの5年間の記録というか、自分のための記憶箱。画像はなくなってしまったけれど。なんとまあ初々しいこと。と思う半面、なんだほとんど変わってないな自分と思ったり。

 更新はしないのでずっと広告がトップに固定されているけれど。よかったら、何かの時間つぶしにでもちらっとでもよかったらのぞいてみていただけたら嬉しいです。こちら

 この「さるさる日記」を通して出会い、今もご縁が続いている方々のことが浮かぶと、なんとも感慨深い。ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 あとは、さくらのレンタルサーバに載せていたブログをウェブ上に移行すればつながるわけで。いつになるかなあ。



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# by amemiyataki | 2011-07-20 01:32 | 日常
心が折れる

仮の名は「はく」。ちょびひげ模様のお母さん猫



 低栄養、高ストレス。きゅうちゃんや福島の猫たちの状態を、先生がこういう。

 はくの白い毛が汚れているように見えるのは、汚れではなく栄養状態の悪さからなのだとか。この写真は保護して3日後。2週間以上経った今、手元の白い毛はまだ色があるけど、胸元はとてもきれいになった。疲れきった体にシャンプーは勘弁でしょうといわれ、はくはつちゅんは蒸しタオルで拭いただけになってしまったけれど。

*****

 「心が折れそうだった」と、そんな表現を初めて耳にしたのは、確かイチローの言葉だったと思う。記録への挑戦が課せられているイチローのプレッシャーは相当なものなのだろう。心って、壊れるものではなく折れるものなんだと、不思議な感じがしたけれど。

 心が折れる。まさにそんな気がすることを体験した。自分にはイチローのようなプレッシャーは何もないのだけれど。心がポキンと折れそうになるとは、こういう感覚なのか。

 その体験は「本日のにゃんこ2」に記した。


 けれど人間というのはよくできたもので、立ち直ることができるのだ。必ず。
 
 心は決して折れはしない。ねじ曲がりそうなほどの悲嘆も、やがては薄れていく。そして心は元に戻っていく。そういうふうにできているから、人間をやれるのだと思う。


 震災前の日常にちょっぴり戻りたい。あんなに忙しくなくていいから、仕事をしたい。働きたい。こうした状況がいつまで続くのか。

 働く。猫のことをする。遊ぶ。息抜きをする。家族を大切にする。
 今の自分は猫のことだけしている。それだって、充分とはほど遠い中途半端(しかし、中途半端ではなく…というのはどういう状況なのか。考えたくない)。

 収入を得る手立てがないというのは、けっこうきつい。そのことを解消すべく動く前に、猫のことに気持ちがいくというのは…ある意味、逃避なのか。

 生きるというのは、なかなかどうして大変なことよ。

 
# by amemiyataki | 2011-06-14 01:31 | 日常
少し、脱出…?

煩悩って何かにゃ…(ヴァンサン)



 現在、保護猫数24とかつてないMAX数にみんな呆然。大変な労力と時間…いやいや、それにまさる愛情をたっぷり注いでいるわけで。しかし疲労も蓄積しているわけで。

 通院回数も半端ではないし。医療費も半端ないし。自分たちで決めたこととはいえ。
 ありがたいことにカンパご支援もいただいていて。ご支援金がなければとうてい立ち行かないわけで。
 しかし…正直、気が遠くなる…。

 あまりに心ここにあらずといった状態が見え見えなのか、「どうしたの?」と母が聞く。話しかけられても上の空の相槌だし。気づくと眉間に皺を寄せ、ああでもないこうでもない。こうしたらどうか。いや、何かし忘れていなかったか…などなどずーっとずーっと考えている。

 猫たちのこと。

 こだまさんも、厳しい状況が続いている。まったく食べない。そんな状態が一週間以上続いている…。それでも目ヂカラはあり、シャーッをするのだけれど。

 どなたかが、「本日のにゃんこ2」の拍手コメントに「ギー」のことを書いていて。おおそういえば! とはたと思い出し、さっそくカルピスバターで作ってみた。高栄養、高品質の栄養補給に。

 皿に少量盛り、ふと目をそらした隙に…ともクンがペロリと食べていた。おお、そんなにおいしい??


 どうしようどうすれば…という状況が続いているのだけれど。またひとつ、行動できることを見つけそれがきっかけで袋小路の思考にもガス抜きすることができた。やれやれ。

 たくさんメールと電話をしてしまった。皆さんすみません。そしてありがとうございます。

 …あまり状況に変化はないけれど、昨日より今日、明日は今日よりもきっといい日になっていると信じて。

*****

 ガンガン通院しているので、請求書を作るのも間に合わないみたいで。

 6月3日、そういえば今日がジャンボ宝くじの最終日かとふと思い出し、「買わないと」とつぶやいたら。
 病院スタッフのおばさまが、

 「雨宮さん(私のこと)は当たらないわよ」と。

 え~なぜにですか~。

 「雨宮さんは、まだそんなに困ってないもの」

 「困ってますよ~」

 「いいえ、困ってません」

 そんなきっぱり言われても。そう言われると、そそそうなのかな。そそそうなのかも。なんて思ってしまうじゃないの~。

 いまだ無職なのに。

 まだ、何かが足りないのか。努力とか…? 気合とか…? 試練はまだまだ…?

 猫保護だけでなく、自分のことも。そして、家のことも。きちんとしないと。

 母が調子を落とすのも、たきが調子を落とすのも。私の気持ちが家からちょっと離れてしまっているから。

 気をつけないと。


 母に、宝くじはよっぽど困ってる人にしか当たらないんだってと言うと、「違う」と言った。お金に困っていなさそうな人が当たっているのを知っているという。

 そういやそうだよね、うん…。

 たぶん、宝くじとは別のところに私の日常はあるのかもしれない。

 でも…当たりたいな。

 そんなこんなで(?)、結局はジャンボを買いそびれてしまった…。

 煩悩とは、このことよ…。ああ、小さい。


 

# by amemiyataki | 2011-06-10 01:39 | 日常
福島

駅のホームに咲いていたスズラン



 震災以来、長距離ドライブが増えた。ETC付いてないのに…。それまで高速に乗るなんて2年に1回あるかないかくらいだったのに。

 本当に、生きていると何がどう起きるのかわからない。この不思議。

 いや。もしかしてどこかですべてが決まっているのかもしれない。でも、そんなことは知らなくていい。

 
 縁あって複数の里親さんと出会うまで、福島は新幹線で通り過ぎるくらいだったのに。

 今の季節、福島の自然は見てるこちらの胸がぎゅっと鷲づかみされるほど、生命力にあふれ、緑が青空に向かって勢いを増していた。

 どんな命も生きていること。この大地に根ざし、呼吸していること。それを謳歌していること。

 当たり前のことが当たり前ではなくなっている現実に身を置いていることが、何か他人事のように感じてしまう。震災以来。

 これは本当のことなのだろうか。

 福島のとある駅に降り、目的地までケータイナビを案内にゆっくりと歩いた。すると、町役場の広報が、本日の放射線量は…とアナウンスする。繰り返し。なんて不思議な。時おりすれ違う人の誰もマスクをしておらず、
エーグルのゴムブーツにマスクしている自分がなんだか申し訳ない気がした。

 お昼時、陽射しは高く空はどこまでも青く、町はどこか眠たげだ。のどかな風景。きっと都会の子が夏休みにおばあちゃんのいる田舎に行く。そんな「田舎」の風景だろう。自然と人の営みがうまく溶け合い、ゆったりとした風景。

 これは本当のことなのだ。

*****


福島出身の猫を預かる。「おおちゃん(仮名)」



 仕事をしていたときの忙しさとは違う忙しさに、呆然としている。

 あまり考えない。何か「流れ」があるのだとしたら、流れに任せてみるのもいいだろう。けれど、自分をしっかりと持って。
 自分がボロボロだったりふらふらしながら関わったとしたら、それはよけいなおせっかいで迷惑なだけだと、先生に言われた。確かに。

 明日は5時発。母が夜更けだというのに、お弁当を作ってくれている…。ありがたい。そしてたきは、左腕にどっかり。

 ある日突然、日常が非日常になってしまうこと。喪ってしまうこと。絶望すること。

 いろんなことを考える。
# by amemiyataki | 2011-05-26 23:18 | 日常
Memento mori (メメント・モリ…死を忘れない)

小岩井農場(5月8日撮影)



 この前ドライブをしたのはいつだったか。と思うほど「非日常」が続いている毎日。
 日曜に行った雫石は、福島を思わせるのどかさと自然の美しさが、やけに悲しく映った。

 ある日突然、日常を喪ってしまうことの苦痛と悲しみ。

 最近は、取り残された動物たちのことでざわざわと落ち着かない。胸をわしづかみされたかのような…。

 ともすれば傾きがちになりそうな自分に、バランスを取り戻さなくてはと、とりあえず履歴書を書き、提出してみた。そして今日は映画「英国王のスピーチ」を観た。王妃役の女優は…「眺めのいい部屋」の少女だと気づき、あの映画を観たときと今の自分とずいぶん遠いところへ来てしまったなあとぼんやり思う。「ブラック・スワン」とどちらにしようか一瞬迷ったのだけど。今の自分的には「英国王…」のほうかなあと。

 頭の隅に気にかかることがあり、心の底から楽しむことはできなかったけれど。イギリス映画はやはり好きだ。俳優陣の顔立ちというかいでたちが醸し出す雰囲気と画面のほの暗さがいい。

*****

 朝日新聞に「カラマーゾフの兄弟」のことが書かれていた。
 卒論でこの作品を取り上げたのだけど、何をどう書いたかはまるで覚えておらず。ただ、十代の頃、この作品を読み終わった夜、「そうか! わかった!」と、人生のすべてがわかったような気になってなるほどそうかと、うなりながら部屋の中を歩き回ったことは覚えている。何がどうわかったのかは忘れてしまったけれど。
 あんなふうに、熱にうなされるように本を読むことはこの先あるのか。


生きているということは、死に近づくということにほかならない。
いかに生きるかとはすなわち、いかに死ぬかということ。
死を忘れるな。そして、善く生きろ。
著者のメッセージだ。


 当時は確かに、無神論者のイワンではなく、信仰心あついアリョーシャのほうに気持ちが向いた。

 今は? 

 どう死ぬかを思い、毎日を生きる人は少ないのではないか。「人生は素晴らしい」とぼんやりとは思うものの、突然、生を終えざるをえなかった人たちのこと、人間を信じて待ちながらも息絶えた動物たちのことを思うと、たまらない。
# by amemiyataki | 2011-05-11 23:51 | 日常
やがて震災から2ヵ月…

庭に咲いたチューリップ



 震災から、時間の流れ方が以前とはすっかり変わってしまった。

 多賀城市の叔母は無事で、いまだ避難所暮らし。叔父の手術は3月末に行い、今も入院中。手術前に叔母の無事がわかり、本当によかった。生きているのがわかったのは、震災から4日後のこと。それを聞き、いてもたってもいられなくなった叔父は、会社の車を借り、盛岡から多賀城市へ向かった。家は半壊。

 その日、プールで泳いでいたという叔母は地震後、帰宅。ミニチュアダックスのマイローを連れ出したところに津波が間近に。近所の人たち7人で駆け出し、たまたま玄関が開いていた家に入り、二階に駆け上がり、からくも難を逃れた。自衛隊が救出に来たのは翌日だったか翌々日のことだったか。替えの下着もなく、濡れた体のまま避難所にいる叔母のために、叔父は下着や衣服、食糧を車に積んで行った。向こうについてからしばらくしてもらった電話で、よその車が4台家に突っ込んでいる、半端じゃない…という叔父の声は涙でかすれていた。

*****

 あれほど忙しい忙しいと書いていた仕事を、4月1日、突然失った。震災のあおりで。フリーランスなので当然失業保険はなく。備えが万全かというとまったくそうではなく。自分の今の状況には、正直笑ってしまう。まったくの無職状態が1ヵ月以上続いている。

*****

 4月5日、ぜんちゃん永眠。保護猫でエイズキャリアの猫で、トリノ、グレさんの次に亡くなってしまった。全員が2006年保護の猫たち。ぜんちゃんは2004年か05年にTNRした猫だったが、ごはんをもらいに来る猫たちのうち最後まで通ってくれ、引っ越しに伴い保護したこだ。思えば、ずっと鼻炎の症状がありTNRのときもリンパが腫れてるといわれたっけ。
 寒がりで、鼻をずすずすさせていて。けれど機嫌は良く、甘えたで。ごんごん頭を押し付けてきて鼻汁が飛び散って。

 大好きだったぜんちゃん。1年前に亡くなったグレさんと同じ日に生を終えた。

 震災で、プチポンを支援してくださっていた陸前高田市の方が亡くなった。同じ町で、高校と大学の同級生も亡くなった。岩手県内陸部にある盛岡は停電くらいが不自由だったけれど、誰かしら会うと(私の印象では)3人に1人くらいは沿岸に知人や親族がいて、大変な話を耳にした。

 2万人を超える人が一度に命を落とすなんてことが起きるなんて。

 3月11日のその時は、仕事をしていた。7階の職場は経験したことがないほど揺れ、停電になった。大丈夫と思ったものの揺れは長く激しく、一瞬、ニュージーランド地震のことが思い出され、まずいかも…と思った。外に出ると信号は消え、大きな余震が何度もあった。目の前の小さなビルがぐらんぐらん横に大きく揺れていた。そのままいても仕方がないので帰宅。近くのスーパーは早くも閉店になっていて、普段は行かない小売店は停電でレジが使えないのにすべてのバーコードを手書きで控え、連絡先を聞かれ、代金は後でいいからと売ってくれた。ここで買ったカイロに助けられた。

 家の玄関を開けたとたん、酢飯のにおいがした。母がいなり寿司を作っていた。さすが戦争を体験した人は違うねえとちゃかしながら、その夜はローソクの明かりの下、いなり寿司を食べた。

 ラジオをつけっぱなしでその夜は眠り。といっても細切れな睡眠で。いつ頃だったか、仙台市若林区の海岸で遺体が200人以上…のニュースに「ええっ!」と声をあげ、起き上がった。友人が住む区だ(無事を知らせるメールが届いていたのだけれど、ケータイは電池切れで確認したのは翌日だった)。

 ありえないことが次々と起きていた。

 原発事故では、福島の里親さんが大変な思いをしていた。

 自分のことに気をとられて、そういえば東松島の里親さんは…はたと気づいたのは震災から1ヵ月が経っていた。固定電話しかないと思っていたのが、あらためて里親希望のフォームを見直したら…ケータイ番号がちゃんと書いてあった。どうしてこのときまでまったく気づかなかったのか。

 自分が逃げるのが精いっぱい。避難所に指定された小学校には入れず、とにかく遠くに逃げたいと誘導する人に言い、示された方向に車を走らせ文字どおり九死に一生を得た里親さん。入れなかった小学校の体育館にも津波は襲い、そこで亡くなった人も多数。
 先住猫くんとプチポンからもらっていただいた2匹は半壊した家から外に出てしまい、先住猫は捕まえることができたものの、2匹はつかまらず。電話をしたとき、里親さんはなんとか2匹をつかまえたいと避難先からフードと水を届けに通っているというときだった。

 空蝉さんや7くん、仙台の友人の協力により3回通って無事に保護することができたのは本当に幸運だった。その際、飼い主不明の猫も2匹保護した。

 沿岸被災地を初めて見たのは、東松島だった。壊滅というのはこのことかと、言葉がなかった。里親さんの家には、倒れた電柱をまたいで行かなくてはならず。06年秋にお届けに行ったときは風光明媚な松林が続くすてきなところだったのに…。

 そして、今週は福島に行き、猫1匹を連れ帰った。

 ようやく今、こうしてブログを更新する気になった。


 残りの人生、これからどうやって生きていこうか。プチポンの活動を続けていくためにも、震災後の支援をささやかながらもしていきたいと思うからには、やはり働かなくてはいけないわけで。

 途方もない無力感に襲われる。と書いても、そう落ち込んでもいられないわけで。ともするとバイトを2つくらい見つけてまた忙しくして…という考えにはまりそうなのだけど。

 たぶん、そういうことをしていく道と、そうではない道と。今はその分岐点にいるのかもしれない。


ぜんちゃん



 できれば、何か少しでも社会に役立つことをしていきたい。
# by amemiyataki | 2011-05-08 00:15 | 日常
エピローグ いつも心に太陽を
 シンプルであること、誠実であること。

 名曲「アメリカン・モーニング」の作者、ランディ・ヴァンウォーマーが「良い歌の条件」を3つ挙げています。あともうひとつは忘れましたが、それらは「人がより良く生きる極意」でもあるように思います。

 三十を過ぎ、欲も出てきて、かつしがらみや忙しさでがんじがらめになってくると、シンプルさから遠ざかり、仕事も締め切りを守れなくなり、「誠実」とはほど遠い「生き方」に。老いていく親、自身の気力・体力の衰え。「こうありたい」と願う理想と現実には百万年光年の隔たりが……。

 いかんいかん。それでも、死ぬまで生きなきゃいけないのだ。頑張れないなら、頑張る必要はない。でも、人を裏切ったり傷つけてしまうのなら、せめて迷惑がかからないよう、生き方の軌道修正をしなくては。そう、シンプルであれ。誠実であれ。それが守れるような生き方に、ギアチェンジ、シフトダウン。

 だからといって、暗くなるわけでも、落ち込むわけでもない。ささやかなことに幸福を見いだし、積み重ねよう。今日も一日、楽しかった。美味しくご飯が食べられた。「小さいけれど、確かな幸福」――〈小確幸〉を提唱したのは、村上春樹氏。息切れしそうになったなら、立ち止まって深呼吸・日光浴。

 15回にわたった雑記も、今回でおしまいです。読んでくださってありがとうございます。いただいたご感想は、励みになりました。また、どこかでお目にかかれますよう。
 皆さまに幸いあれ。




# by amemiyataki | 2011-04-14 00:13 | 翻訳雑記
第14章 How Old Are You?~おいくつですか?~
 女性に年齢を聞くのは失礼なこと、とりわけ欧米ではそのエチケットが徹底している、という印象があります。私自身は聞かれたら答えるほうですが、照れ笑いしながら言う今日このごろ…。

 それはともかく、翻訳するとき、人物表や固有名詞表など、さまざまな「覚え書き」をとります。国籍、年齢、職業、目や髪の色、人物関係…。シリーズものになると、ちょっとした年表や系図が出来上がります。

 現在翻訳中の作品は、実に四世代にわたる大河小説(saga novel)ですが、翻訳していて意外につまずくのが「年齢」なのです。

 日本語と違い、英語は兄も弟も「brother」で、姉も妹も「sister」です。年上、年下を表す「elder」「younger」は、記されていないのがほとんど。弟や妹たちは原文では年上のきょうだいを「兄さん」「お姉さん」とは呼ばずに、名前で呼びます。双子となるとどちらが上か皆目わからず、状況から判断することに。

 ヒロインやヒーローの年齢が最後までわからないこともしばしばです。人物関係でも「伯父」と書くべきか「叔父」なのか悩みます。「いとこ」も「親類」も「cousin」とあっては、きちんと覚え書きを作らないとあとで「泣き」を見ます。

 余談ですが、先日、実話映画『エリン・ブロコビッチ』を見ました。パンフレットにジュリア・ロバーツの生年月日がしっかり書かれていたのでちょっとびっくり。映画そのものは「年齢」なんてとるに足りないこと、と思わせる骨太なストーリーで、ジュリアは不屈の女性、エリンを実に気持ちよさそうに演じていました。ウェイトレス役で一瞬登場したエリンその人も、かっこいい女性でした。

 信念を持つ女性は、輝きが違います。




# by amemiyataki | 2011-04-14 00:09 | 翻訳雑記
第13章 心の栄養剤
 「創作」に励む人たちが集う、デザインフェスタに行ってきました。「オールジャンル」と謳うだけあって、ファッションショーありライブパフォーマンスあり。手作りクッキーやアクセサリーを売る人、自分でデザイン・縫製した服を売る人、似顔絵をその場で描く人……。「何かを表現したい、それを誰かに見てもらいたい」――シンプルかつポジティブな情熱が、会場を熱くしていました。

 「今の若い人たちもやるもんだなあ」と感心しつつ、フリマ感覚で値切ることも忘れず、ついあれこれと買い込んでしまいました。いちばんの収穫は、彼らから「元気」を分けてもらったことでしょう。

 年を重ねるにつれ、何かに刺激を受けることや感動する気持ちが、悲しいことに薄れてきます。まして部屋に閉じこもり、眉間にシワを寄せてキーボードをたたく日々が続くと、正直、気がめいります。

 栄養がかたよったり足りなくなると体が不調をきたすように、栄養が足りない心も、弱ってくる。そうなると思考も貧弱になり、物事を悪いほうへとらえ、不安や不信を呼び起こされ……と、ここでストップ。

 セルフメンテナンス、疲れた体と心を癒す術を身につけましょう。誰かから、あるいは何かから「元気」を分けてもらいましょう。

 デザインフェスタは、インターネットで知り合った人から教えてもらいました。その人を通じてはんこ職人さんともめぐり合い、すてきなはんこを彫ってもらいました。心がこもった職人技に、「私もがんばらなくては」と奮起。

 弱った心に効く栄養剤、皆さんはどんなものをお持ちですか? 私が携わるロマンス小説も、一瞬でいいから、どこかで誰かの栄養剤となりますように。




# by amemiyataki | 2011-04-14 00:03 | 翻訳雑記
第12章 嘘は何色……?
 登場人物の髪や目の色を訳すのによく色名辞典を参照しますが、その度に日本語表現の豊かさに感心したり、あれこれ考えます。

 たとえば「sea green」は「海のような緑色」ですが、これは青みがかかった緑なのか、どれくらい青が入っているのか。海緑色というのは、南方の海のように鮮やかな緑なのか……。また「銀灰色(silver gray)の目が怒りで鋼のような灰色(steel gray)に変わった」など、喜怒哀楽により色が変わるので、意外に神経を使います。

 私が語感や文字面で好きな色に、「はしばみ色(hazel brown)」があります。ハシバミという木の実の色を示すのですが、ヘーゼルナッツ、といえばわかりやすいでしょうか。「うす茶色」とするより、「はしばみ色」と表現するほうが、なぜか温かみを感じます。

 ちなみに「black eye」は「目の周りにできた青あざ」のことで、黒い目のことではありません。「黒曜石(obsidian)のような目」とか「オニキス(onyx)のような漆黒」など鉱物系の表現がありますが、黒い目はどちらかというとエキゾチックな印象で、欧米人の目の色でいちばん濃いのは、「dark brown」のようです。

 それに対して髪の色は「鴉(からす)の濡れ羽色」という表現が英語にもあります(raven-haired)。

 そういえば「ついてもいい嘘、罪のない嘘」を英語では「white lie」といい、反対語の悪質な嘘は「black lie」といいます。白い嘘と黒い嘘。では、真っ赤な嘘は……?

「absolute lie」をはじめとするさまざまな表現はあっても、「red lie」とはいいません。辞書に「a lie with a latchet」とありますが、はてさてlatchet(革製の靴ひも)がついた嘘とは……由来が気になります。


# by amemiyataki | 2011-04-13 23:59 | 翻訳雑記
第11章 訳者冥利につきるよう……
 「外国語を解しない身にとって、頼りは翻訳。出来次第で、原著を好きにも嫌いにもなる」――朝日新聞の「天声人語」を読んで、ぎくりとしました。翻訳を仕事にする者には、耳の痛い言葉です。

 けれど、「この人の訳でなければ読んだ気にならない」という、記者氏には同感です。名作と言われる作品には、名訳がつきもの。かくいう私も、『赤毛のアン』なら村岡花子さん、サリンジャー作品は野崎孝さんの訳が「しっくり」きます。

 学生時代は、海外のSF小説に夢中でした。訳語の妙に感動したのは、『アンバーの九王子』が最初です。「終わりが始まろうとしていた……」という意表を突く出だし、記憶がないのにやけに格好いい主人公、くせ者ぞろいの登場人物、小気味よい会話のやりとり……。

 訳者は岡部宏之さん。私は原著者の今は亡きロジャー・ゼラズニイのとりこになりました。なかなか続巻が出ないことに業を煮やして原書を取り寄せたものの大筋しかわからず、結局、翻訳本が出てから「なるほど、こういうことだったのか!」とうなずいたりうなったりしたのでした。

 そういえば最近、胸躍る翻訳小説を読んでいないなあ……ということで、「天声人語」の記者氏ご推薦の『ハリー・ポッターと賢者の石』をさっそく手に取りました。原著者は作品が世に出る前は生活保護を受けていたという、シングルマザー。訳したのは、同時通訳者でもある松岡佑子さん。「こんなに夢中になった本はない」と原書に惚れ込み、翻訳本を出し、それがベストセラーになるという、ドラマチックな「秘話」のおまけつきも魅力です。

 訳者冥利につきる出会いをしなくては、と襟を正す私でした。


# by amemiyataki | 2011-04-13 23:55 | 翻訳雑記
第10章 遠きものへのあこがれ~love for distance~
 センター試験も終わり、人生の岐路に立つ人も多いこの季節。ふと自分の「当時」を振り返りました。

 「ここではない、どこかへ行きたい」

 生まれ故郷しか知らない十代のあのころは、何かをしたいのに何をしていいかわからない、自分が何者なのかわからない、そもそもこのなんとも言えないイライラや不満はどこからくるのか、いっそ誰も自分のことを知らない土地へ行き、新しく人生を始めたい……と、耐えず微熱のようなもどかしさにとらわれていました。そんなときに出会った印象的な言葉が「love for distance」。

 内田善美の漫画に出てくるこの言葉は、受験生だった私と友人の心をとらえました。見知らぬものへのあこがれ……考古学が好きな主人公が出てくる話で、これに影響を受けたのか友人は東京の大学に進学、考古学を専攻。わたしは……地元の大学へ。

 「一年間だけ、東京に行かせてください」と親を拝み倒して上京したのは、学校卒業後。冷めない微熱に突き動かされ、就職先も決まらないままの上京。「活字の世界にかかわりたい」といううすぼんやりとした希望のもとに、新聞の三行広告を見て編集プロダクションに就職。慣れない環境と初めての仕事……都会での最初の一年はまさに激動の日々でした。

 結局体を壊してプロダクションを辞め、半導体メーカーで英文編集に携わり会社勤めのつらさを経験、出版業界に出戻りしてフリーランスの校正、翻訳へ……気づくと十二年、都会の荒波にもまれていました。

 遠く離れて初めて知った、故郷のよさと親のありがたみ。若いときの苦労は苦労ではなく、「財産」だと実感した都会生活でした。


# by amemiyataki | 2011-04-13 23:51 | 翻訳雑記
第9章 力を身につける
 「今の政治家にはカリスマ性というか、『顔面力』がない」と嘆いたのは、諷刺の効いたイラストを描く、山藤章二さん。「役者として、人間力を身につけたい」と語ったのは、大河ドラマ「元禄繚乱」の柳沢吉保役が記憶に新しい、村上弘明さん。「今の若者には、魂を磨いてほしい。魂の力、ですね」とメッセージを送る、ノーベル文学賞受賞作家の大江健三郎さん。

 仕事がなかなか終わらず、またしても締め切りを破ってしまい、「ああ、私って人として最低……」と落ち込む日々を送るとき、自分にはどんな「力」があるかと考えました。

 気持ちがふさぐとき、むしろ自分には何が欠けているかということばかりが浮かびます。集中力、実行力、約束を守る力、部屋を片づける力、気力、体力、自分を信じる力、英語力、日本語力、表現力、経済力……ああ、すべてが欲しい。欲しいと願うだけでなく、行動に移さないと、精進しなきゃ……。

 自分に自信が持てなくなったとき、浮上する原動力となるもの、そんな「何か」を身につけたい。

 2000年、皆さんはどんな「力」を身につけたいですか? 編集部のSさんは、「自分をアピールする力、かな?」と、にっこり。イラスト担当のこけしちゃんは、「のんびりする、を身につけたいです」。

 私は……幸福を引き寄せる握力。いえいえ、ここはやはり魂を磨くことから始めなければ。それより、まずは目の前の仕事をきちんと片づける誠実さを身につけないと。

 新しい年が、実り多き年でありますよう。



# by amemiyataki | 2011-04-13 23:47 | 翻訳雑記

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