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心が折れる

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仮の名は「はく」。ちょびひげ模様のお母さん猫



 低栄養、高ストレス。きゅうちゃんや福島の猫たちの状態を、先生がこういう。

 はくの白い毛が汚れているように見えるのは、汚れではなく栄養状態の悪さからなのだとか。この写真は保護して3日後。2週間以上経った今、手元の白い毛はまだ色があるけど、胸元はとてもきれいになった。疲れきった体にシャンプーは勘弁でしょうといわれ、はくはつちゅんは蒸しタオルで拭いただけになってしまったけれど。

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 「心が折れそうだった」と、そんな表現を初めて耳にしたのは、確かイチローの言葉だったと思う。記録への挑戦が課せられているイチローのプレッシャーは相当なものなのだろう。心って、壊れるものではなく折れるものなんだと、不思議な感じがしたけれど。

 心が折れる。まさにそんな気がすることを体験した。自分にはイチローのようなプレッシャーは何もないのだけれど。心がポキンと折れそうになるとは、こういう感覚なのか。

 その体験は「本日のにゃんこ2」に記した。


 けれど人間というのはよくできたもので、立ち直ることができるのだ。必ず。
 
 心は決して折れはしない。ねじ曲がりそうなほどの悲嘆も、やがては薄れていく。そして心は元に戻っていく。そういうふうにできているから、人間をやれるのだと思う。


 震災前の日常にちょっぴり戻りたい。あんなに忙しくなくていいから、仕事をしたい。働きたい。こうした状況がいつまで続くのか。

 働く。猫のことをする。遊ぶ。息抜きをする。家族を大切にする。
 今の自分は猫のことだけしている。それだって、充分とはほど遠い中途半端(しかし、中途半端ではなく…というのはどういう状況なのか。考えたくない)。

 収入を得る手立てがないというのは、けっこうきつい。そのことを解消すべく動く前に、猫のことに気持ちがいくというのは…ある意味、逃避なのか。

 生きるというのは、なかなかどうして大変なことよ。

 
by amemiyataki | 2011-06-14 01:31 | 日常
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