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メメントモリ

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陸前高田市。かつてここは市街地だった。

 先週、沿岸の被災地、大船渡市と陸前高田市へ行った。1日で16軒回るという超ハードなものだったけれど…なんとかできた。(しかし、こういうことをしているから落ち着かないのだ。落ち着きたいのに。)

 神田葡萄園(ここの地サイダー最高!)から先は何もないよ…と言われていたが……確かに何もなかった。本当に。

 防波堤はなく、海と市街地がこんなに近いとは…と、ただただ茫然。高田病院も、郵便局も、そして市役所も。3階建ての市役所屋上に難を逃れ、雪が舞う中ひと晩夜を明かした人たちは、どんな思いだったか…。よくぞ無事でと、残された建物を見て思う。

 プチポンを支援してくださっていた方が、ここで亡くなった。生前、会う機会があったのに私はその機会を生かさなかった。忙しさにかまけて。いったい何様だというのか…。

 やっとここへ来ることができた。ただ手を合わせるしかなかったのだけど、ひとつ何かを果たせたような気がして(自己満足だけどね)ほんの少しほっとした。


 大船渡市の沿岸にある飲食店60店舗のうち、残ったのはわずか3軒という。店を失った人たちが内陸へ店を移し、ようやく再起を図り元気を取り戻しつつあった。聞くと、こちらがどうしていいかわからないほど悲惨な出来事なのだけど、会う人みんなが震災前に戻ろうと、いやそれ以上によくしようと静かな闘志を燃やしていた。プレハブの仮設店舗には宴会ルームもあり、近々カラオケルームも作るよ~と、店長は張り切っていた。

 三陸では、生きている間に二度、津波がやってくるという言い伝えがあるのだそうだが、実際、そういう体験をした高齢者はたくさんいた。傍目には淡々と、淡々とできることを日々こなしているように見えた。みんな、優しい。
 たぶん、もっと前に来ていたら、こうではなかっただろうけど。

 生かされた人たちは再生を誓うしかないのだと、そう思った。

 死は平等に、命あるものに訪れる。

 どんなふうにいつ迎えるのか、それはわからないけれど。せめて生あるうちは、やさぐれることもあるだろうけど、できれば大らかに笑うことができるよう毎日を過ごせるように。

 ……これがけっこう難しいんだな。
by amemiyataki | 2011-10-14 00:49 | 日常
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