<< 再生 暖かい日 >>

あったかくなったら

 3月29日付の朝日新聞 天声人語を転載。

 一休さんのような少年僧が、暗い道に張られた縄に足をとられた。地面にしたたかに顔を打ち付け、血が噴き出す。しかし、少年は泣くこともなく寺に帰ってゆく。

 「衣を着たときは、たとえ子どもでも、お坊さんなのだから、喧嘩(けんか)をしてはいけません」。少年は、縄を仕掛けた連中が近くに潜んでいるのを感じたが、この母の教えを守った。母は、血だらけで帰ってきた彼の手当てをし、抱きしめて言った。「よく辛抱したね」

 80歳で亡くなった植木等さんが『夢を食いつづけた男』(朝日文庫)に書いた、幼い頃に受けた「いじめ」と母の記憶だ。住職だった父は、部落解放運動の闘士でもあった。治安維持法違反で入獄したり、各地の社会運動に出かけたりして寺に居ないため、植木さんが檀家(だんか)回りをせざるをえなかった。

 父・徹誠さんは後年、「スーダラ節」の「わかっちゃいるけどやめられない」のくだりについて、「親鸞の教えに通じるものがある」と言ったという。「人間の弱さを言い当てている」

 おだてられてその気になったり、お呼びでないところに出てしまったり、あげくには、ハイそれまでよになってしまったり。人の弱さと浮世の切なさとを、底抜けの明るさで歌い、演じた。

 「無責任男」として有名になったが、根は誠実で、思慮深い人だったという。いわば、世の中の「無責任感」を一身に背負うという責任感が、あの笑顔を支えていたのではないか。耳に残る数々の「植木節」は、戦後の昭和という時を共にする多くの人の道連れであり、応援歌でもあった。


 これを読んで「夢を食いつづけた男」が読みたくなり、アマゾンで検索したが在庫切れ。

 朝ごはんを食べながらこの話を母に読んで聞かせたら(最近、食べながら新聞を読むというひとり暮らし時代の悪いクセが…)、

「親鸞! おばあさんがしきりに『えらい人だ』っていってたっけなあ」

 信仰篤かった曾祖母のことを懐かしそうに言う。曾祖母が善光寺参りに行ったとき、お土産に草履を買ってきてくれたのが幼心に相当嬉しかったらしく、何かの折にふと、その思い出が母の口をついて出る。

「あったかくなったら、善光寺に行こうか」

「行くのは大変だっけ…牛に引かれて善光寺参り……

 てお母さん、それはちょっと違うのでは……。

 けれど最近、「どこかに行きたいなあ」とふと漏らすのだ。

「あったかくなったら、善光寺行こうよ」

 母がうれしそうに笑う。

「大阪でもいいよね」

 母が声をあげて笑う。大阪万博で食べたすうどんの味がいまだ忘れられないでいるのだ。

 あったかくなったら。

 暖冬なのに、朝起きたら一面の雪だった。

 やはり東北人には春は待ち遠しい、特別な季節だ。


*****

追記

 tamaさんから、復刊ドットコムというサイトを教えてもらい、さっそく「夢を食いつづけた男」に投票しました。一定の投票数に達すると、出版元に再版交渉をしてくれるそう。すごい。登録手続きが必要。


 拙ブログはリンクフリーです。

 それにしても、エキサイトブログ、使いやすい。便利。
by amemiyataki | 2007-03-30 01:25 | 日常
<< 再生 暖かい日 >>