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小満を過ぎて

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新聞紙トイレ


 快晴。草木が生い茂り、万物がほぼ満ち足りる時季、小満が21日のこと。いきなり、初夏のような陽射し。ツツジの朱が目にまぶしく、青葉が一気に色濃く見える。

 覚え書きとして、先週のことを。

 慌しいのは相変わらず。気持ちがほかに向いているのを見透かしたように、ちーが抗議するかのように、段ボールの爪とぎにしっこ粗相。久しぶり。
 爪とぎはカスが出てもいいように、電気毛布が入っていた箱の中にセッティングしてある。その箱ごと捨てる。ちーが「文句ある?」とでもいうように、本棚の上からこちらを見下ろす。
 久しぶりに新聞紙トイレを復活(画像)。プラスチックケースの底に広告チラシを敷き(防水効果がある)、新聞紙を縦に裂いてふんわりと作る。さらに、部屋を気持ち程度だけれど片付ける。そして、朝、出かける前に必ず、気合を入れて遊ぶ。

 それでお許しが出たかどうか。ちーは新聞紙トイレはまったく使わず、普段どおり、トイレを使う。1階はおもにしっこ用。2階はうんち用。相変わらず砂はかけない。

 いまだ指一本さわらせてくれないけれど、かといって、ひとりぼっちもいやなちー。にゃー!と、母が言うには「ツバメのくちばしっこ」のように口を開けて何かを訴える。ごめんね。

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 縁組が成立したチップと、お問い合わせをいただいたちいちゃんの通院。
 車中のちいちゃんはかわいそうなくらい、よだれ、そしてうんち。

 ぴあ、ヴァンサンに続き、血液検査の結果、チップもちいちゃんも肝臓の数値が高い。「密飼いのせいなんですかねえ」と、先生。ちいちゃんの場合、不妊手術後の肥満→ホルモンバランスの崩れから、車酔いやら肝臓やらに問題が生じているかも、とのこと。

 ヴァンサンもチップも特に臨床症状があるわけではないので、もらわれ先で落ち着いたら改善されるかも。とりあえず、肝臓サポートのレメディをチップにも持たせてお嫁入り(ヴァンサンにも渡し済み)。
 保護猫たちに集中ケアとして、ウォルサムの腎臓サポート(ドライフード)を注文。腎臓サポートとあるけれど、肝疾患用でもあるらしい。腎臓はダメージを受けると再生は難しいけれど、肝臓は再生可能。飲み水に肝臓強化のジェモレメディのローズマリーも垂らすことに。

 金曜、サヴァさんとともにチップのお届け。ご家族へのお届けはつぐみ改め小太郎くん以来だ。チップの名前はそのままに。お嬢ちゃんたちが「チップ」でいい、と言ってくださったそうだ。
 当のチップは目をまんまる。何がなんだかわからない状態。今週、様子を電話で聞いてみたが、以前、チップによく似た模様の三毛を飼っていたというお母さんはフードをチップにデリバリーしたりあれこれ心を砕いてくださっているようで安心。大丈夫だろう。ありがとうございます。

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 母は、やはり検査はしないみたいだ。悪いことに、検査をする予定の医療機関で重大な医療過誤があった。心臓の手術をした後の栄養剤の気管挿入の際のミス。気管挿入とカテーテル検査は違うと思うよと言ったところで、ダメ。
 検査自体、怖いことに変わりはないが、どうも検査したところで結果は悪いに決まっている→手術…と思い込んでいるようだ。

 迷っている人には手術は必要ないとアドバイスもいただいたけれど。どうなることやら。

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 教えていただいたコスメケアで、嘘のように肌がみるみる、修復している(と、しみじみと実感)。たぶん、これまでは化粧品などに含まれていた(アルコールはもちろん)石油系、乳化剤にやられていたのだろう。今使っているものにはそれらはいっさい含まれていない。おもしろいことに、ホメオパシーのレメディにもあるアーニカ(ウサギギク)が使われていた。

 かゆい、ということが炎症を起こしていることなのだと、かゆみがきれいに引いてから思い至る。もう何十年も悩まされてきたことが、この一週間でここまで劇的に回復するものなのか。
 鏡を見るのが楽しくなる。頭皮も、シャンプーの変わりに洗顔クリームを使ったところ、髪の生え際の赤みがきれいに消えた。信じられない。マーベラス。スプレーンディッド。オーチンハラショー。

 ふと思った。

 たぶん、こんなふうに劇的に治ることを、ホメオパシーに期待していたのだ、と。

 今ならわかる。急性の症状ならともかく、慢性の症状はいくらホメオパシーでもこんなに劇的に、短期間で改善はしない。むしろホメオパシーはいろんなことに「気づく」こと、気づきをたくさん与えてくれるものなのだなあって。自分という人間を知ること。相手の気持ちをおもんばかれるようになること(これはまだまだ、全然だけど)。いろいろな症状、状況、事態を察すること、理解すること、受け入れることができるようになること。

 いやあ。それにしても、かゆみがなくなった後で、かゆいという状態がいかに不快なものであったか、それがないことはいかに爽快であるかを知った。頭も軽くなった感じ。皮膚をかきながら仕事をしていたのが嘘みたい。

 こんなふうに。ひとつでもうまくいくことがあると、「希望」が見えてくる。

 癒されたい、というのではなく、私の場合、少しでも自分を好きになれる、ということなんだなあ。

 そういえば。以前の自分は「嫌い」なもののほうが多かった。動物も、ソッコウ「嫌い」と答えていた。
 それが、たきが来てから「好き」が増えていった。「嫌い」より「好き」が多いほうが、絶対楽しいよね。当たり前のことに気づくのに、何年かかっているんだか。

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 味気ない画像だけだとなんだから。Mさんからいただいた画像でしめくくり。

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一緒にテレビ観賞中(福之助くん)



 テレビを見てるときでも、福ちゃんにタッチ、の響ちゃん。ぬいぐるみの奥の響ちゃんの手、見えますか?

 
by amemiyataki | 2007-05-23 00:55 | 日常
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