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占う

 小正月15日の前日、盛岡の最低気温マイナス11・1度。
 連日のマイナス7~8度はともかく(この程度の寒さは冬らしくていい)、確かにこの時の夜は、布団から出ている顔が寒くてヒリヒリした(寝室の暖房は、人間は湯たんぽ、猫はペットヒーターのみ)。家の中でここまで「寒い!」のは、ここ十年近くの中で初めてかも。
 この日、日本で一番寒かったのも、盛岡だったらしい。郊外の藪川(ワカサギ釣りで有名な岩洞湖がある)でマイナス20度超。あくまで「郊外」なので、盛岡全体がマイナス20度だったわけではありません~。

 そして15日は「どんど焼き」。正月に飾ったしめ飾りや古い御札などを火で浄化する日。八幡様にそれらを持っていき、炎の中に置いてきた。

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 今年は自分にとってどんな年か。細木さんの六星占術によると良いらしく、九星気学だと不安定。変化にじっと耐える年。最近知った「心相数」だといまひとつ。数秘術だとばっちり(私が使った数秘術はこちら)。

 十代のころ、生命線がとても短いことが気になった。実母が比較的若く亡くなったこともあり、自分は短命なのだと、毎日、びくびくしながら過ごしていた。折しも継母が手術で入院。わが家って、不幸続き!? うつむいてとぼとぼと歩く姿を見かけた父が、「十円玉が落ちていないか、探してるみたいに足元ばかり見ていたぞ」と、おどけるように言った。懐かしい。

 二十代のころは姓名判断に振り回された時期があった。中年後要注意運。ちょうど、そのころのメンターが、「二十歳のころ、姓名判断してもらったら『あなたはお金には苦労しないけれど家族運が薄く、一生独身』と言われたのよね。そのとおりだわ」と言うのを聞いて、やっぱり姓名判断って当たるんだ!と、これもまた暗くなったものだった。「女性は見合い結婚して、姓名を変えるように」と姓名判断本にあったからだったかどうだったか忘れたけれど、何回か見合いもした。懐かしい。

 けれど、こうして自分なりに生きてきて、いつしか実母の年を抜き、気づくと生命線は手首近くまで長くなった(左手の生命線は不安定だけれど)。手相で変わらない線は、頭脳線だけなのだとか。
 ある人に「(中年後要注意運ということに)縛られているのでは」という、至極もっともなことを言われ、ラクにもなった。

 以前、「運命は運の命ずるところ(で自分ではどうしようもない)」みたいなことをエントリに書いたけれど、「運は運ぶもの」でもあるという。「自らを運ぶ努力をしないことには一生、運はやってこない」と。なるほど~。

 今年はどんな年になるかではなく、どんな年にするか。自分次第、心の在り様。

 考え方次第で、人は自由にも不自由(窮屈)にもなるという話。

 占いがらみでもうひとつ。前世占いでは「治す人」だった。これは意外だった。今世のテーマになるほどと思った。別のサイトで見たら、「百姓」だった。百姓で治す人って…どんな人生だったんだろう。

 当たるも八卦、当たらぬも…ということで。
by amemiyataki | 2008-01-16 07:08 | 日常
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