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母の日に

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秀衡塗(ひでひらぬり)



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手描きのうさぎ



 母の日は、母も私もちょっと苦手だ。私が中学2年のとき、母が子宮筋腫の手術で入院。入院中に母の日を迎え、多感な年頃の私は赤いカーネーション1本とケーキを持って見舞いに行った。
 今考えると、術後にケーキもないだろう。しかも、母はその日が「母の日」だとは思いもせず、「もったいないから家に持って帰って(食べて)」と、とうとう受け取らなかった。
 なんとも複雑な思いで帰宅したのを、今も覚えている。それが、母と私のいちばん印象的な母の日の思い出だ。
 なぜ自分は同級生と違って、「継母」なのだろうとか。周りと違うことがとにかく受け入れられず恥ずかしく、何かと思いつめた思春期だった。今でこそ笑い話だけれど。十代のころはいちいち、ちょっとしたことにもくよくよしていた。
 しかし、母にしても40にして嫁に来たものの(初婚)、いきなりふたりの子どもの母となれといわれてもそりゃあ困るだろう。母の日のカーネーションなんて、恥ずかしいやらなにやらで受け取りにくものだろう。

 ともかく。以来、カーネーションとケーキを母の日に贈るのは私にとっては鬼門。かといって何も贈らないのはやはり考えられなくて。社会人になってからはなんとなく、みんなで「使えるもの」とか、いつもと違う外食とかでやり過ごしている。

 今年は前日に上ちらしをふたりで食べた。美味しかった。

 そして。ふとデパートに入ったときに目にした、物産展で。平泉の藤原氏ゆかりの秀衡塗。それまで知っていた秀衡塗の模様とは違う、モダンな感じに惹かれた。糸尻の模様も洒落ていていい。カレースプーンは使い方さまざま。うさぎと月の模様は幸運のしるしなのだとか。さらに、漆は体(健康)にいいこと(抗菌作用など)、陶磁器と違って軽いこと…などなどとても丁寧に説明されて、スタッフの感じの良さも手伝って思いきって購入(それでも、その日はいったん帰り、翌日足を運んで納得して購入)。
 母は「正月用にとっておく」と言うけれど、普段使いでいいんだよ~と、さっそく使っている。とてもいい。

 それでもなんとなく気になって、ピンクのカーネーションを買い、仏壇に供える。亡き母と、父に。そういえば生前、父はカーネーションは長持ちすると、しょっちゅう仏壇用に使っていた。

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 この週明けのシンクロニシティ。13の月の暦を知る。こちらの説明がわかりやすく、自分の紋章を知ることができます。私は「赤い律動の竜」。なんのことやらさっぱりなんだけれど。わくわくする。
 SF少女だった自分。天文地学部だった自分。天体望遠鏡で飽きもせず夜空を眺めていた自分。なんとなく、当時の友人の言葉もあり、自分もそれではダメだと否定して、いつしかすっかり忘れていたあの頃の自分を、最近、とても近く感じる。

 そういや、月曜の「CHANGE」。やっぱりねというような展開なんだけれど、さすがエンタテインメント。おもしろかった~。

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 母の日当日は、ホメオパシーセミナーに参加。DVD講演(由井寅子さん)「インナーチャイルド」。そして「動物と人のセルフケア」ライブ講演。よかった。
 けっこう人も入っていて、次回は夏ですねと、来盛したスタッフが張り切っているそうです。先生は「燃え尽きました…」と言ってたけれど。

 ホメオパス獣医師として。西洋医学をすべて否定するつもりはない。必要であれば抗生剤、点滴、外科手術…それらを使うのは当然のこと。そして、ホメオパシーの限りない可能性と、動物たちの底知れない生命力に日々魅了され、教えられているということ。
 そのバランスがいいなあ。先生と出会って本当によかったなあと改めて思った。
 20歳の老齢猫のケース紹介。下顎にがん(腫瘍)ができ、食べることができない。クオリティオブライフを目指してレメディ投与。そこからの回復がすごい。壊死した歯肉が落ち、骨も見えてしまった状況だけれど、食べることができた。お灸をすると実に気持ち良さそうにうっとりする。
 こうした治療は、患畜自身もさることながら、飼い主をも癒すのではないか。

 やっぱりホメオパシーだよなあと、心の底から思った次第。
by amemiyataki | 2008-05-12 12:02 | 日常
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