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7月第2週

 今週こそ「コード・ブルー」を見られるか…とがんばって帰宅したら。玄関がしっこ臭い。ちーが靴箱に向かって粗相していた…(その後、2階寝室に置いている段ボールの爪とぎ2個にも粗相していることが判明)。うっかりと、夕飯が入ったレジ袋をしっこで濡れた床上にどっかりと置いてしまい、あちゃーと唸る。
 熱湯に浸した雑巾で何度も拭き取り、ホメオパシージャパン(ホメジャ)のエア・フレッシュナー(ラベンダー系)を吹きかけ、爪とぎをごみ袋に入れ。疲労と空腹もあって、とにかくごはんを食べようとレジ袋から弁当を取り出す。すると。「たきが吐いたっ!」と母。やれやれ。今日から新しいフードになったら案の定、吐きましたか…。
 結局、テレビをつけて腰を下ろしてようやくごはんを食べる頃には、ほとんどドラマは終わりでなにがなにやら。

 先週の前半と今週の前半と。普段、家にいる母までもが不在となり、ちーにとっては「日常」が大幅に狂ってしまった。わかりやすいところに粗相。母いわく「仇(あだ)をする」粗相。ごはんを食べながら、釣竿式のおもちゃを振ってちーのご機嫌をとる。こういうとき、両手利きは便利だねえとつくづく思う(もともと左利き。ごはんを食べるのと包丁を使うのと卓球をすること以外はすべて右。いや違う。字を書くのとボールを投げるのが右で、それ以外はすべて左だ)。母はよほど疲れていたのか、さっさと寝てしまった…。

 その母は、叔父の葬儀の後、案の定というか予想どおりというか。バッグ以外のすべての物を遠野に忘れてきていた…。「ありえないっ!」「はいはいそうですよーだ」「もう~っ」「もうもうって、たきちゃん(私のこと)牛みたい」ひととおり言い合う。先週は家の鍵とケータイを持ち忘れた母。財布の中に私のケータイ番号を書いた名刺が入っているので公衆電話からSOSをよこし、職場から引き返す羽目に。落ち着かないを言い訳にしてはダメだが、久々に仕事ででかいミスをしてしまったり。なんだかもう…。

 母は11人きょうだいの長女だ。そして後期高齢者。きょうだいのうち3人が亡くなり、その3人とも、男きょうだい。7月6日に亡くなった叔父はまだ61だった。
 叔父には、10回くらいしか会ったことがない。いちばん古い記憶は、私が小学5年生のとき。家族と友人の猛反対を押し切って私の父と結婚を決めた母。嫁入り道具はほとんどなく、荷物を「お茶箱」に入れて、私たちが身を寄せるアパートに転がり込んできた母。そのお茶箱をかついで来たのが、まだ二十代の叔父だった。叔父は母の結婚を祝福する、数少ない親族だったようだ。にこにこ笑い、カラオケが大好きで上手な叔父。

 民話のふるさと・遠野らしいというのか、葬儀はまた一風変わったものだった。「六尺さん」と呼ばれる、棺を運ぶ4人の男性(白装束、腰に草鞋)が、左膝を立ててしゃがみ込み、力をつけるようにと用意された白飯に味噌汁をかけ、一本箸でそれらを平らげ、出棺の儀式が始まる。庭先では叔父が好きだったという小林旭の歌がエンドレスに流れ、大勢の人に見送られ、車が火葬場へと向かった。棺には双子の姪っ子たちが作ったというそれは見事な千羽鶴が納められた。とてもいい葬儀だった。

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 今週は、ちょっと相談したいことがあり、パワーストーンのアクセサリーを作ってもらっている石屋さんを急遽訪ねた。お守りを作ってもらいたい(自分のではない)のだけれど、「たぶん(作ってもらうのは)違うだろうな…」と思いつつ、ちょっと取り乱していたのかもしれない。でも行ってよかった。石屋さんに「雨宮さん、それは違いますよ」と、諭されたかったのかもしれない。
 結局1時間近く話し込み、すっきりしてしまった。石は深い。

 私たちは「生老病死」という、いわば人智の及ばない流れの中で生かされている。その中にあって、誰もが避けては通れない老いや病や死に対して、「運が悪い」とか「不幸」だとか。そういう感情を当てはめるのは間違っている。受け入れること。死に接して悲しむのは当然だけれど、後悔しすぎるのも天に対して不遜ではないか。

 石を身につけたことで何かが変わるかというと。詰まるところ、たくさんの「気づき」がもたらされた。宝くじに当たるとかそういう射幸的なことはまったくないけれど、振り返ってみると、そんなに悪いことは起きていない。むしろ、守られているというような不思議な安心感のようなものがある。「石は結界を作ってくれているんですよ」と石屋さんは言った。そうなのか。

 クリスタルヒーリングとかワンド(杖)とかいうのがあるらしいけれど、珍しく頭痛がして、第三の目のあたりにブレスレットを置いたところ、石のひんやりとした感触が気持ちよかったのかすーっと頭痛がとれたこと。ブレスで猫の体を撫で回すのもいいんですよと、教えてもらった。リンパに沿って。最後は上から下へと体の両側をすーっと撫でてリンパの流れをよくしてあげる。
 
 その人に必要な石はすべて(ブレスやストラップなどアクセサリーに)組み込んである。今はピンとこなくても、作り手の自分は「こうあってほしい」「こうした気づきを得てほしい」と願いをこめて、心をこめて石を選び、組み込んでいる(確かに、ときどき石の説明書を読み返したり、気に入った石のことをネットで調べる度に、新たな発見があり、「そうか!」と驚いたり妙に納得したりする)。

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 「まめキッチン」に置いてあった雑誌(誌名は忘れてしまった)に、茨木のり子さんの死後発表されたという詩集「歳月」のことが書いてあった。ライターの筆力がすばらしい。’75年に亡くなった最愛の夫への想いを綴った詩集。出版するなら自分の死後に、という遺言があったそう。


 相変わらず慌しい日常にあって、ふと、京の町家のような、縁側がある家でゆったりと過ごしたいなあと夢を見る。からりと乾いた空気にちりんと風鈴がひとつ鳴り(うるさいのは勘弁)。暑さをやわらげるために打ち水を張り。猫とのんびり昼寝。

 京都には一度しか行ったことがないけれど、きっと恐ろしく暑いのだろうけど。
 などつらつら考えていたら、裏具というサイトに出会った。こういう文房具を使う生活もいいなあ。モンブランの肉太の万年筆(インクはブルーグレー)で、日ごろの不義理、不精を詫びる文章を、手書きで書くとか。いいよね。
 
by amemiyataki | 2008-07-11 02:31 | 日常
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