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モリ、永眠。安らかに。

 12月20日(土)朝7時すぎ、黒猫子猫のモリが亡くなった。空蝉さんから電話で報せが届く。

 11月6日(木)の神経麻痺発症、低体温。あれから文字どおり、奇跡の復活を遂げたモリちゃんが、とうとう力尽きた。
 神経麻痺を克服したものの、完全に自力で歩けるまでにはならず、けれどふらふらしながらも自分でトイレまで行き、排泄もし。少しずつ、少しずつ元気になっていけばいいなあと誰もが思っていた。が、治療中、というか、保護後に風邪を引いて通院したときからわかっていたことだったが、モリは腎臓を患っていたようだった(鍼治療のとき、腎臓のあたりをとても痛がっていた)。触診で、腎肥大を指摘されてもいた。
 腎疾患。可能性として、「嚢胞腎(のうほうじん)」が考えられると先生は言った。検索すると、「多発性嚢胞腎(PKD)」という病気がヒットした。ペルシャやエキゾチックなどの純血種にみられる遺伝病で、水が溜まった嚢胞が腎臓にいくつもできるという。
 レントゲンだけではわからず、エコー検査。仮にその病気が確定したとして、嚢胞の水を抜いたとしても、再び水は溜まるであろうこと。決して珍しい病気ではないが、自覚症状がないので発見が遅く、気づいたときは老齢の腎疾患としての対症療法がほとんど。先生は東京の勤務医時代、それに開業してからそれぞれ1件ずつ、この病気の猫を診たという。いずれも老齢で、2年ほど生きて亡くなったそうだ。
 そう聞いたときも、奇跡的に生き延びてるモリだもの、今回もきっと大丈夫。そう思い、願った。けれど先生は「(ホメオパシーの)レメディは万能ではないですし」「(これまで診た2件は)力が及ばず…」と、言葉少なかった。
 とりあえず、脱水に気をつけて。なおも1日おきの通院が続いていた。
 亡くなる数日前の通院時、腎臓が(さらに)少し大きくなっているようだ、と言われていた。


 土曜のこの日は、初めて病院にお泊まりすることになっていた。けれど、病院に行く前にモリは逝ってしまった。「もうボク、いいよね?」モリにそう言われたような気がした。

 神経麻痺のあのとき、誰もがもうダメかもと思ったとき、無理にこちら側に引き止めてしまったのではなかったか。ふとそう思う。あのときさようならをしていたら、おそらく悲しみもつらさも今ほど大きくはなかったかもしれない。モリにとってはどうかはわからないけれど、私はあのときモリにこちら側にとどまってもらって、本当に嬉しかった。私には必要な時間、大切な毎日だった。自分がすべきこと、しなければいけないことがまたひとつ、わかったような気がした。

 ありがとう、モリちゃん。


 苦痛から解放されたモリは、本当にかわいらしかった。まだほんの小さな子猫なのに、本当によくがんばりました。

 「モリモリは本当にえらいなあ」「よくがんばってるなあ」「こんなにがんばってる猫ちゃん、おばちゃんは知りませんよ~」。車の中で、お灸をしているとき、強制給餌をしているとき、撫でているとき。たくさん声をかけたつもりだったけれど、まだまだ足りない。

 モリモリは本当によくがんばりました。こんなにえらい子に出会えて、おばちゃんはラッキーです。

 今生はちょっと大変だったけれど、空蝉さん、アイさん、サヴァさんプチポンのみんなにかわいがられ、たくさんの人たちに見守られ、応援されたモリの魂が、たくさんの恵みを受けて、次の生へとつながっていきますように。また、どこかで会えるといいね。

 イフを送ってくださった方、ルルドのペンダントをくださった方、サプリメントを送ってくださると言ってくださった方、カンパご支援くださった方々、見守り続けてくださった方々。

 本当にありがとうございました。


 モリの面倒をよく見てくれていたのりお。そののりおが、どうしたわけかモリが亡くなる前日、まったくごはんを食べなかった。のりおには、モリがお別れを言っているのがわかったのだろうか。それとも…風邪を引く前ぶれなのか。

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 おかげさまで、ドットちゃんはリリースせずに済みました。一時預かりをしてくださる方が現れました。この幸運にも感謝せずにはいられません。本当にありがとうございます。ちびヴァンも同じ道筋が見えてきました。きょうだいのうち、グレコだけがまだ道筋が見えませんが、きっとなんとかなると思います。
 できるだけ人に迷惑をかけないように…と思ってやってきましたが、ご厚意に甘えさせていただけることを感謝し、がんばっていきたいと改めて思いました。
by amemiyataki | 2008-12-21 23:27 | 日常
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