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Long Goodbye

 9月2日は、こっこちゃんの三回忌だった。空蝉さんのエントリを読んだとき、不覚にも泣いてしまった。

 06年7月下旬、じりじりと焼かれそうな夏の一日、こっこちゃんは文字どおり行き倒れていた。町内のごみ集積所のすぐそばの駐車場で。絶命しているかと恐る恐る近づくと、タイヤ留めに預けた頭を、こっこちゃんはわずかに上げた。家に帰り、こういうときの蘇生のレメディとして教わったChinaの水スプレーを急いで作り、ドライフードを皿に入れ、引き返した。こっこちゃんはむっくりと起き上がると、ものすごい勢いでドライフードを食べた。さわれるか…と手を伸ばすと、低く威嚇の声。無理をしたくなかったので捕獲道具を取りにプチポンへ行き、無事に捕獲。そのまま、病院に直行。入院。
 体重2.6キロ。腫れたまぶたは白っぽく、貧血気味。なにより、シラミがびっしりでバリカンとシャンプー2回(それでもまだ、取りきれなかった)。目がふさがるほどの目やに、黄色い鼻水。歯石びっしり。未去勢。エイズ陽性。

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こっこちゃん 06年9月4日撮影



 文字どおり九死に一生を得たこっこちゃんは、自分でも状況をわかっていたのだと思う。タイヤ留めに頭を預け、やがて意識が遠のき…本当ならあのとき絶命したはずだったかもしれないこっこちゃんは、その後1年、命の灯をともし続けた。
 先生からは、「くってます」「タオルがふかふかでちゅー」と、食べてるこっこちゃん、ふかふかのタオルに顔をうずめるこっこちゃんの写メールが届いた。いちいち喜んでいるけなげな姿がいじらしかった。

 空蝉さんが言うように、明るい猫さんだった。退院してプチポン入りしたこっこちゃんを見るなり、「なんかなんかかわいいっ」と、空蝉さんは言った。サヴァさんは「亡きみいを思わせる表情がたまらない」と。

 捕まえるときに使ったフライドチキンにかぶりつく様子から、チキン→こっこ→こっこちゃんと、先生が命名したのだけれど、体重2キロ台のおじいちゃん猫は愛らしい、小柄な猫だった。

 プチポン部屋は、あくまで保護部屋。野良だった猫たちが、いつか家庭猫へと旅立つまでの、仮の家。保護猫たちも、野良歴のある猫がほとんど。唯一、かつて家庭猫であったであろうというのが、ななぼ。
 人なつこいこっこちゃんも、明らかに家庭猫だったと思う。家庭猫は保護部屋になじまない。どこかしっくりこない。身の置き所が落ち着かないこっこちゃんを、どうしても気になると、空蝉さんが実家に連れ帰ってくれた。

 あの暑い夏の日に、本当なら命を落とすところだったこっこちゃんは、それから1年とちょっと、生き延びた。体はさぞしんどかったと思うけど、とても大切にされ、幸福だったはず。逝く時も、ちゃんと看取ってもらえた。



 命あるものは、必ず「死」という終焉を迎える。行くもの、見送るもの、それぞれに悲しみはある。
 もしかすると、生きていると喜びよりも悲しみのほうが多いような…そんな気がしないでもないけれど。
 別れのときは涙をこらえず泣き、悲しみ、きちんと別れの儀式をすませたい。
 ありがとうと、感謝することを忘れずに。

 生きるとは、悲しみの乗り越え方を身につけていくことかもしれない、なんてふと思ったりして。

*****

 9月8日、知人の愛犬が亡くなった。たきと同い年で、たきより1ヵ月年下の寅次郎くん。

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今年6月24日撮影



 脾臓摘出の大手術を乗り越え、よくがんばりました。ゆっくり休んでね。

 

 
by amemiyataki | 2009-09-09 01:57 | 日常
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