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すべては、40を過ぎてから…

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退屈だにゃ…(と腹いせに、新聞にのってみる たき)



 フリーランスになったのは、25の頃。当時、所属した事務所ではいちばん若く、クライアントからの引き合いも多く、少しばかり「なった気(思い上がっていた)」していたあの頃。運よく大手出版社の雑誌を校正する、レギュラーメンバーにもぐりこむことができた。相方は…たぶん、当時60前後ではなかったか、大ベテランと組むことになり、緊張した。間に、40代の中堅女性。

 仕事は、40代の中堅女性を中心に回った。しかし、意地悪だったなあ。ペーペーの私と同じ時給だというのが許せない、と面と向かって言われたのにはびっくりした。事務所の決まりでギャラに年齢差はなかったのだ。こちらのミスをちくちくつかれる度、ギャラに差をつけてほしいと、何度も心の中で思った。こちらのミスでなくても、真っ先に「あなた、どういうこと?」と聴かれる始末。だんだん怖くなり、赤字を入れることにもずいぶん迷いが生じた。これは愛のムチ!と言い聞かせ、がんばろうと誓い、一生懸命辞書を引いた(素直だったなあ)。

 こんなことがあった。「手間ひまかける」という言葉は、正しくは「手間隙かける」。「隙」という漢字を「ひま」と読むのは、常用漢字表の読みにはない。そこで、「手間ひまかける」と、「隙」はひらがな書きにする。
 それが、誰が赤字を入れたのか、「手間暇かける」と、「暇」に直されていたのだ。

※現在では「手間暇とも書く」、と許容漢字になっている

 「あなた、なんの辞書を使っているの?」と、40代のMさん。

 なんのことやらわからなかった私は、にっこりと「これを使ってます」と、みんなが使う三省堂の「新明解」を手に取った。

 うーーーんと唸る40代。「『手間暇かける』って、辞書にある?」

 さーっと青ざめた。自分がしたことではないのに、すでに彼女から言われるひと言ひと言に敏感に反応するようになっていて。

 「あ、それ私」と、たまたま助っ人に入っていたOさん。「ごめんごめん、間違ってた?」

 Oさんがレギュラーで持つ主婦雑誌では、代用漢字・俗字OKだった。年齢を表す「歳」も、読みやすいようにとあえて俗字の「才」を使っている。

 Mさんの不満の行き場はなくなってしまった。

 それでも、いいバランスだったと思う。新人だけど体力はある20代、脂ののった40代、そして熟練の60前後。たがいがたがいを補う感じで、仕事はうまく回っていた。

 なにより、辞書の引き方、出版社により微妙にことなる表記、用字用語辞典の使い方…それらすべてを教えてくれたのは、60前後のKさんだった。確定申告書の書き方まで教わった。

 体力・視力ともに衰えたKさんだったが、何かこう…緩急自在というか、こちらが肩に力を入れて目いっぱい校正するゲラも、それほど力まずともちゃんと誤字脱字を見抜くんだなあ。

 知識、経験が自分を支えてくれるということを、Kさん、そしてMさんから教えてもらった。

*****

 つい先日、同年代で同業者のRさんから、おもしろい話を聞いた。Rさんは他県でフリーランスとして仕事をしていて、岩手にやってきた。

 某出版社の副編集長(20代)に、「Rさん、女の人って、40すぎても仕事ってできるんでしょうかね」と言われ、すでに40すぎてたRさんは内心、大いに焦ったという。

 「若いって残酷だねえ(そういうことが言えるなんて)」と、私もびっくり。

 「そうなんですよ。私がいたところでは、ある程度会社員として勤めたあと、40すぎてからフリーに転じる人がほとんどで、バリバリ仕事をしてましたよ~~」とRさん。

 そうだよねえ、女は40を過ぎてからだよねえと、居合わせたK子さんとヤバイヤバイと言い合った。

 そういえば。以前、30代の同業者から、「雨宮さん(私のこと)とK子さんは、せいぜいあと仕事ができるとして、10年くらいですよね」と言われて肝を冷やしたことがあった。悪気はないのだろうけど、人にそんなふうに「期限」を言い渡されてびっくりしたものだ。そうか、私はあと10年なのか…。



 中学の頃、40の女性といえば想像がつかないくらい「大人の女性」なのだと思っていた。実際、40を過ぎ、42で亡くなった生母の年齢を過ぎ、50を前に思うことは。

 年齢を重ねたところで「三つ子の魂百まで」。それほど自分は変わったわけではない。相変わらず日常にもがき、もっともっとと、こうありたいと願う自分像との間できゅうきゅうとしている。けれど、経験を積んだ分、若い頃には対処しきれなかった難題も、なんとかこなせる、ある意味「ずるさ」というか処世術も身についた。そうそう、傷つくことも少なくなった(と思いたい)。

 34歳で、故郷の盛岡に戻った。仕事は手放したくなかった。帰るとき、友人がプレゼントしてくれた東京サンシャインボーイズの最後の芝居「罠」を見て、劇中、「私、まだ34なのにっ!」と号泣する女優の姿に自分を重ね、涙した。看病していた父が亡くなり、年が明けて阪神淡路大震災が起き、地下鉄サリン事件が起き…この世の終わりとでもいうような悲劇が世の中全体を覆い、自分もまた、人生終わったな…と失意の中で過ごした半年あまり。

 ところが、人生はまだまだ続く。今も。たぶんこれからも。今ある仕事に感謝しつつ、猫たちとかかわり、そうして毎日が過ぎてゆく。

 20代の頃はなんにもわかっちゃいなかった。30のときはもがき苦しんだ。40を過ぎて、少し余裕が生まれた。経済的には相変わらずだけど。
 人生、50を過ぎてからなんじゃないかと(私の場合)、ひそかに準備することがあれこれ。

 がんばるのだ。それでも、生きるのだ。死ぬまで。

 でも、やっぱり今の席はいやだなあ…。人生初です、こんな席。←愚痴たれるあたり、まだまだお子様…。
 

 

 
by amemiyataki | 2010-01-12 01:22 | 日常
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