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さわれない猫

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実えんどうとうこん(ターメリック)のごはん



 いつもみかんを注文しているところで、セミノールというみかんを注文。ジュースにして毎朝飲んでいる。味が濃く、ほどよい甘味と酸味に母、ご機嫌。本当に果汁たっぷり。一緒に実えんどうも注文し、さっそく新聞の料理コラムにあったえんどう豆ごはんを炊く。ポイントはうこん。米2カップに小さじ2分の1のうこんで色鮮やかな炊き込みご飯ができた。調味料は塩だけ。ごはんが進むこと進むこと。薬膳レシピとかで、うこんは血流を良くするとのこと。わが家は玄米移行には猫の生食移行と同様、遅々として進まず、白米に発芽玄米をまぜて炊いている。玄米炊きは、圧力鍋に「カムカム鍋」というのを入れて炊くのが最高においしいそうで、カムカム鍋を買いに行こう!と意気込みだけで終わっている…。

 バイトはもともと1日3時間契約だったのだけど、気づくと人が辞め続け、1時間延長の4時間勤務になっている。それがとうとう、経理担当者の目につき、減らされることになった。そりゃあタイムカードの出勤日のほとんどに「延長1」と書いていたらいやでも目につくよなあ。でも割り増しになるわけでもなく時給額に変わりはないんですが。まあいいか。これは「いつまでもバイトに明け暮れている場合ではない」という知らせと受け止めよう。でもすでに6月のシフトも決まっていて、25日勤務なんですけど。なるようになる。
 
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デール♀ 里親募集中



 デールにはわりとお問い合わせをいただくのだけれど、人馴れがいまひとつということで、出す側のこちらの気持ちが譲渡にまで固まらない。今週も「器量よしなのになぜもらわれないのか気になって…」という問い合わせをいただいた。いい方だった。ありがとうございます。

 デールより人馴れしている(と思っていた)ひばりが譲渡の後、帰ってきて。頭ではわかっていても、やはり撫でる、抱っこできない猫のすべてをまるごと受け入れるというのは大変だろうと思う。

 わが家のさわれない猫、ちーの場合。ネットで画像を見てひと目惚れしたのと、がんばっている保護主の姿勢に打たれて、「この人からもらいたい」と思い、横浜から遠路はるばる届けに来ていただいた。それまで一時預かりを何匹が経験し、たきの拒否反応にも遭い、2匹目を迎え入れることをなかば諦めかけたこともあったけれど。
 遠くから譲渡してもらうことで、ある意味、自分を追い込んだともいえるかもしれない。何があっても返さない。
 複数保護している猫のどのコから出たかわからないけど、譲渡の前日、回虫が出たということで、保護主のNさんは駆虫薬の水薬を申し訳なさそうに渡してくれた。まったく気にならなかった。
 確かに、キャリーから出すときもさわれたし、いったん部屋に解放した後も普通にキャリーに入れたりもしたのだけれど。母に「ほうら!」と抱っこして見せたりもしたのだけれど。

 気づくと、ちーは隠れまくりのさわれない猫になっていた。
 不妊手術のときも自分の部屋に捕獲器を仕掛け、病院へ。たかをくくって捕獲器から出そうとしたらがっぷりと噛まれて血が噴き出した。情けない…。

 あれから5年。相変わらずさわれないけど。かわいい。母もかわいいと言ってくれている。さわれないなりにコミュニケーションをとろうと「遊んで」「もっと遊んで」「おなかすいた」とかわいらしい声で訴えるちーを「ずいぶん変わったもんだねえ」としみじみと言う。

 爪を切るのも撫でるのも、ましてや抱っこするのもできないけれど。ひとりで廊下でスーパーボールを飽きもせず転がす様子に耳をそばだて、くすくす母と私で笑っている。

 ちーを病院に連れて行けるとしたら、文字どおりぐったりと意識がないときくらいだろうか。それも仕方ない。一度ワクチン接種をした完全室内飼いの成猫に、継続してのワクチン接種は必要ないと思っている。要はこちらの気持ちをどこに落ち着かせるか、だと思う。

 先住のたきが甘えん坊の抱っこ猫だから、こちらの気持ちのバランスが保てるのだとも思う。

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デール の三毛模様



 三毛でさわれない猫といえば、こゆきちゃん。
 03年、サヴァさんが東京へお届けした猫。人馴れしていないということでいったんはあきらめたものの、どうしても気になってと、もらっていただいた。
 その後、しっこ粗相もあり、こちらが想像する以上に大変な日々を経て。美しい三毛のこゆきちゃんは立派な家猫嬢へと成長していった。

 里親のmamiさんは昨秋、岩手の旅を満喫。ふと、岩手の冬のことを思い、「こゆきはラッキーだったと思います」とメールをくださった。
 「猫にとっても人間は怖くないんだって事をわかってもらえたら嬉しいですよね。デールちゃんも、そういう風に思えるようになってくれたら幸いです」

 人以上に、猫は馴れるまで時間が必要なのだと思う。
 中学2年のとき、転校を経験してつくづくそう思う。半年は友達ができず、つらかったなあ。家庭科とかとなりのクラスと合同授業のとき、どこに座っていいかわからずぽつんと立っていたあのいたたまれなさ。「こっちに来て」と手を引いてくれたとなりのクラスの女の子の名前は今も忘れない。
 人でさえ(私でさえ)、馴れるのに半年以上かかった新しい環境を。猫はどのくらいで受け入れられるだろう。
 人とかかわることで猫は大きく成長し、より輝く存在となる。

 どうか保護猫たちに飼い主が現れますように。
 一匹でも多く、野良猫が家猫になれますように。

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こゆきにゃん



 日曜、サヴァさんがおなかに深い傷を負った野良を保護。こちらは嘘のように人馴れしている。かつら模様が愛嬌ある白黒猫。月曜、傷の手術。ドレナージが入れられ、なんとも痛々しい。傷は数ヵ所あった。
 「なんか不思議な猫ですっけね。幸せになりますよ きっともらった人も」と空蝉さん。若いのに妙にどこか達観しているふうなところもある。きっとボス猫にやられたのかもしれない。ああいう猫は外では生きていけないだろう。
 近日、公開予定。サヴァさんよろしく。

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by amemiyataki | 2008-05-24 13:35 | 日常

黙祷

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樟脳好き におい袋も好き(たき)



 アフィリエイトの見直しをする。
 ふと、以前いただいたひょうたん型のにおい袋を取り出したところ、たきがハマる。そういえば樟脳も好きで、母がたんすの引き出しを開けるたび、突進して引き出しにもぐりこもうとする。なぜこのにおいに…? におい袋のひもにじゃれ、すくい、かぎ、ひっくり返し、たたき落とす。というのを飽きもせず繰り返す。


 車検も無事に済み、より使い勝手もよくなり、愛着もわいてきて、大事に使おうとあらためて思う。これからまだまだがんばってもらうからね。よろしく。

 今の独身女性の話題といえば、前世カウンセリングを受けてカタルシスで号泣。とか、石(パワーストーン)とアロマとあとなんとか(忘れた)に夢中。みたいなことを辛酸なめ子さんがエッセイ「霊道紀行」に書いていた(「本の旅人」連載中)。スピリチュアルトーク。略してスピトーク。
 そうか、自分のミーハー魂は健在だったか~と、妙にウケた。

 「人は年齢とともに花を愛で、木を愛で、石を愛でるようになる」ということも猫友さんに教えてもらい、これもウケる。まさに~。石はいっすよ。

 自動車税納税証明書を捜しているときにふと目に留まった、たきの血液検査(06年)。去年は毛むしりがあったりと不調で、通院したもののなんとなく気がひけて(混雑してたし)採血は見送った。

 その06年の先生の所見。

 「肝臓、腎臓、膵臓の数字に特に異常はありません。ただ、前回同様、赤血球、ヘマトクリット値が高く、多血症、あるいは脱水気味で、血が濃くなっている傾向があります。
 猫は砂漠の動物で、水を飲まなくても腎臓で体に必要な水をつくって生活できるのですが、少しずつ腎臓が弱ってきても、若いときのまま水を飲まないでいるとこのように多血症になってきます。

 対策としては、水がいつでも飲めるように用意しておくこと、腎臓を長持ちさせるために処方食をあげること、そして肝臓サポート腎臓サポートのレメディは、現段階では毎日同時にあげなくても1種類ずつ、1ヵ月ごとに交互にあげてもよいと思います。

 ちなみに、歯=骨は五行でいうと「腎」です。そういうところにもかすかな老化のサインがあらわれているということでしょうか」


 読み返してみて、ヒントがたくさんあることにあらためて気づく。

 口臭があったり、歯や口内にトラブルがあると、内臓、すなわち腎臓のダメージが考えられる。そして、腎臓が悪いと同じ経絡である心臓も弱ってくる。

 ドライフード主食の猫はともすれば血液ドロドロの傾向にあるとも言われた。

 相変わらず生食移行は遅々として進まないけれど、とりあえず思い出して腎臓サポートのレメディ投与を始めた。

 昨夜はホメオパシー・ジャパンとらのこ会員にだいぶ前に送られてきたDVDを見た。が、見てるうちに爆睡…。学校と学長の宣伝だったし。

 このところ、24時過ぎもパソコンに向かっていたら、眼精疲労。もともとロングスリーパーなもので、睡眠不足はてきめんにひびく。
 朝は母とつまらないことでもめるし。本当につまらないことだ。押しつけがましい、自分は正しいと押しつけるところが私の心の悪いクセ。気をつけよ。

*****

 ずっと不調が続いていた河原猫のコシロが、とうとう力尽きた。
 不自由だった体を脱ぎ捨てたコシロの魂がどうか安らかでありますように。


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by amemiyataki | 2008-05-22 12:34 | 日常

続・生命あるものは皆、同じ

 カンパご支援ありがとうございますのコーナーを更新。A・Tさま、小夏さま、ありがとうございました。hiromiさま、T・Hさまもありがとうございます。画像をお待ちしております。


 前々回にエントリした「命あるものは皆、人と同じ感情を持つ」というテーマを裏付けるようなエピソードが今週はいくつかあった。忘れないうちに覚え書き。

 5月14日付の朝日新聞「ひと」欄に、のらねこ。野良にゃん写真集の中川こうじさんが載っていた。ソマリアやコソボに10年余り赴いた、元・戦場カメラマンだったことを知る。

 6年前のある日、名古屋の公園は平和に見えた。ノラネコがのびをする。だが、カメラを向けると体中傷だらけだ。その目は戦地の子の目とそっくりではないか。「僕を置いて帰っちゃうの?」と叫んでいた。
 「戦争するのもネコを傷つけるのも人間。放っとけない」。毎日朝3時に置き、えさをやりながらネコを撮るようになった。捨てられ道端であるじを待ち続けるネコ。倉庫にすみついた兄弟ネコの死。写真集「のらねこ。」は若い人の心をとらえ、4月に続編が出た。

 「写真を見る人が優しい気持ちになったら戦争なんて起こさない。ネコを通した反戦運動のつもり」

 英語が堪能なカリフォルニア育ち。黒い車にえさの缶詰を300も積んで走り回る姿は「確かに怪しい」と苦笑い。

 この人の写真は説得力がありすぎて、じっと見ていることができない。あのネコたちのまなざし。猫にもちゃんと感情はあるのだ。痛い、悲しい、苦しい、寂しい、どうかかわいがって…。


 そして。河原猫の世界の猫たち。
 保護ケア、里親探しに奔走しているひよしまるさんの家には、河原から連れ出した猫が複数いる。その中のひとり、ちゅんちゅんはこの春、やはり保護された両親、洋ちゃんアミちゃんと期せずして再会を得た。洋ちゃんアミちゃんがもらわれていくまでの37日間、河原で暮らした親子はつかの間、雨露をしのげる場所で家族団らんのひとときを過ごすことができた。
 両親猫と別れの日、ちゅんちゅんは「なんで?」と、目に涙を浮かべてひよしまるさんをじっと見上げたという。この濃密な絆。

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どうして?(ちゅんちゅん)



 かかわる人間によって、猫の運命は左右される。願わくは、それが幸せの道筋へと向かうものでありますように。猫とかかわるとき、いつも迷い、悩む。そして、願う。自分たちの行動が、選択が猫にとっていいものでありますようにと。

*****

 「日に日に角が取れていくように」ヒゲさんが落ち着いてきたと、サヴァさんが言う。まさに。毛ヅヤも良くなってきて、「野良」のときにまとっていたものが一枚ずつはがれてきているような気がする。ごはんのとき、やっとキャットタワーのハウスから降りて全身を見せてくれるようになった。エイズキャリア組の中で唯一の短尾。
 「いったいここはどこなワケ? 河原はどこさ?」と嘆いているのかどうか、ときどき思い出したようにアオーーーンと鳴くのは相変わらずだけれど。大丈夫よ、ヒゲさん。うん。

 河原時代のヒゲさんの画像をSOSページの管理人、リボンさんが送ってくださった。ありがとうございます。

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2007.8.15のヒゲさま



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2007.8.15 食事の後でまったり~
(ここにいる5匹はみな現在河原にいません。懐かしい1枚です)




ヒゲゾウ氏の古巣のSOSです
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 野生動物ではない、人間に食糧を頼らずには生きられない猫が野良として外で生きることは苛酷以外のなにものでもない。不妊手術を行って繁殖制限を管理するのは飼い主の義務。手術はかわいそうなことでもなんでもない。未手術のまま年をとったときに病気に罹ったほうがずっとかわいそうだ(つい先日も、子宮蓄膿症で命を落としたんですよと涙ぐみながら愛犬のことを言っていた人がいたけれど)。

 捨てない、ふやさない、いじめない。

 いたってシンプルなことを守らない(守れない)人間の愚かさ。

*****

 さらに今週の覚え書き。後期高齢者でただでさえ滅入っている母に、追い討ちをかけるように「ねんきん特別便」がのしかかる。今週はそれでよく眠れなかったみたいだ。
 金曜。ふたりで社会保険事務所に行く。さんざん記憶をたどって「間違いないみたい」ということになり、それでもいちおう相談してみようかくらいの気持ちで行ったら。
 間違いがあった。母の旧姓は「小原」で本人は「オバラだと思います」と言ったけれど、「オハラ」で記録があったのだ。ちょっぴり、年金額が増えた。ちょっぴりね。
 間違いありませんで回答を出しちゃいなよなんて適当に言ったりしてごめんね、お母さん。
 それにしてもきちんと書類を保管してノートに勤務先を書き出して。とても私にはできないことだわ。おかげで半日つぶれちゃったよと、愚痴ってしまって本当にごめんなさい。感謝してます。

 もひとつ。木・金曜と、小田一正コンサートが盛岡で開催された。カーラジオから、「今、小田さんが○○○通りを歩いています」「今、○○の交差点に小田さんが!」と、狭い街ゆえ目撃情報がライブで流れておかしかった。パーソナリティーも何してるんですかねえ、ショッピングが好きなんですかねえなんて暢気に言ってたら、ファン情報が。曰く小田さんはコンサート前にその街をビデオに撮って歩き、会場で流すのだそう。見知った街の映像を見て、観客は大いに沸くのだと…。
 いい人だなあ。

 まだオフコースが二人組だったとき、かぐや姫の前座を務めていただのディープな話が飛び出してへえとかほうとかつぶやきながら車を運転。
 そして翌朝のラジオでもさらに小田さん情報は続き、「どんど晴れ」のテーマ曲をかけてくれた。いい曲だなあ。曲名が「ダイジョウブ」と改めて知り、ちょっとしみじみしてしまった。

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by amemiyataki | 2008-05-17 00:21 | 日常

母の日に

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秀衡塗(ひでひらぬり)



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手描きのうさぎ



 母の日は、母も私もちょっと苦手だ。私が中学2年のとき、母が子宮筋腫の手術で入院。入院中に母の日を迎え、多感な年頃の私は赤いカーネーション1本とケーキを持って見舞いに行った。
 今考えると、術後にケーキもないだろう。しかも、母はその日が「母の日」だとは思いもせず、「もったいないから家に持って帰って(食べて)」と、とうとう受け取らなかった。
 なんとも複雑な思いで帰宅したのを、今も覚えている。それが、母と私のいちばん印象的な母の日の思い出だ。
 なぜ自分は同級生と違って、「継母」なのだろうとか。周りと違うことがとにかく受け入れられず恥ずかしく、何かと思いつめた思春期だった。今でこそ笑い話だけれど。十代のころはいちいち、ちょっとしたことにもくよくよしていた。
 しかし、母にしても40にして嫁に来たものの(初婚)、いきなりふたりの子どもの母となれといわれてもそりゃあ困るだろう。母の日のカーネーションなんて、恥ずかしいやらなにやらで受け取りにくものだろう。

 ともかく。以来、カーネーションとケーキを母の日に贈るのは私にとっては鬼門。かといって何も贈らないのはやはり考えられなくて。社会人になってからはなんとなく、みんなで「使えるもの」とか、いつもと違う外食とかでやり過ごしている。

 今年は前日に上ちらしをふたりで食べた。美味しかった。

 そして。ふとデパートに入ったときに目にした、物産展で。平泉の藤原氏ゆかりの秀衡塗。それまで知っていた秀衡塗の模様とは違う、モダンな感じに惹かれた。糸尻の模様も洒落ていていい。カレースプーンは使い方さまざま。うさぎと月の模様は幸運のしるしなのだとか。さらに、漆は体(健康)にいいこと(抗菌作用など)、陶磁器と違って軽いこと…などなどとても丁寧に説明されて、スタッフの感じの良さも手伝って思いきって購入(それでも、その日はいったん帰り、翌日足を運んで納得して購入)。
 母は「正月用にとっておく」と言うけれど、普段使いでいいんだよ~と、さっそく使っている。とてもいい。

 それでもなんとなく気になって、ピンクのカーネーションを買い、仏壇に供える。亡き母と、父に。そういえば生前、父はカーネーションは長持ちすると、しょっちゅう仏壇用に使っていた。

*****

 この週明けのシンクロニシティ。13の月の暦を知る。こちらの説明がわかりやすく、自分の紋章を知ることができます。私は「赤い律動の竜」。なんのことやらさっぱりなんだけれど。わくわくする。
 SF少女だった自分。天文地学部だった自分。天体望遠鏡で飽きもせず夜空を眺めていた自分。なんとなく、当時の友人の言葉もあり、自分もそれではダメだと否定して、いつしかすっかり忘れていたあの頃の自分を、最近、とても近く感じる。

 そういや、月曜の「CHANGE」。やっぱりねというような展開なんだけれど、さすがエンタテインメント。おもしろかった~。

*****

 母の日当日は、ホメオパシーセミナーに参加。DVD講演(由井寅子さん)「インナーチャイルド」。そして「動物と人のセルフケア」ライブ講演。よかった。
 けっこう人も入っていて、次回は夏ですねと、来盛したスタッフが張り切っているそうです。先生は「燃え尽きました…」と言ってたけれど。

 ホメオパス獣医師として。西洋医学をすべて否定するつもりはない。必要であれば抗生剤、点滴、外科手術…それらを使うのは当然のこと。そして、ホメオパシーの限りない可能性と、動物たちの底知れない生命力に日々魅了され、教えられているということ。
 そのバランスがいいなあ。先生と出会って本当によかったなあと改めて思った。
 20歳の老齢猫のケース紹介。下顎にがん(腫瘍)ができ、食べることができない。クオリティオブライフを目指してレメディ投与。そこからの回復がすごい。壊死した歯肉が落ち、骨も見えてしまった状況だけれど、食べることができた。お灸をすると実に気持ち良さそうにうっとりする。
 こうした治療は、患畜自身もさることながら、飼い主をも癒すのではないか。

 やっぱりホメオパシーだよなあと、心の底から思った次第。
by amemiyataki | 2008-05-12 12:02 | 日常

生命あるものは皆、同じ

 10日付の朝日新聞の文化欄一面に、第12回手塚治虫文化賞受賞作品が報じられていた。短編賞に大島弓子さんの「グーグーだって猫である」が選ばれていた。まだ選ばれていなかったの? と意外だったのと、選考委員評が萩尾望都さんだったのに、しみじみしてしまった。

 受賞にあたっての作者のコメントが、またじわりとくる。

「生命のあるものは皆、人と同じ感情を持つと確信するようになりました。これまで、いかにそれらを無視してきたことかとも。これからも猫たちとの生活をいつくしみながら、ゆっくりと描いていけたらと思っております」


 現在、13匹の猫と暮らしているという。そういえばつい最近、NHKの「生活ほっとモーニング この人にときめき」だったかでフジコヘミングが出ていたけれど、この人の家には20匹超の猫+犬が一緒に暮らしているという。

 愛猫との日常を描いたエッセー風の作品。長く連れ添ったサバの死に始まり、グーグーとの出会い、自身のがん治療と再びの日常へ…。

 「包み込むような言葉と優しい描線。幸福感ただよう作品は、一方でシビアな洞察力を併せ持つ。だからこそ、生命あるもののよろこび、そして別れのかなしみが、いっそう深く感じられるのだろう」

 すべて実際に起きたことなので、ストーリーづくりに四苦八苦することはない。記憶の中から芋づる式に出てくるものを楽しく描いています。

 この人の作品には、ずいぶんと長い間、たくさんの感動を与えてもらった。その人が、野良猫を世話し、保護し、不妊去勢手術のために病院へ連れて行き、必死になって里親を探す。ハラハラさせられながらも、拳を握り締め、息を詰めて、「頑張って」とエールを送りながら、また自分も励まされる。

 誰にでも、野良猫を一匹でも減らそうとその気になりさえすれば、誰にでもできること。

 そう。生命あるものはみんな同じ感情を持っている。ささやかなことに喜び、ちょっとしたことに怒り、やりきれなさに哀しみ、ふとした瞬間を楽しむという。
 行き場のない猫をつくることがないように。私たち人間にはできることはたくさんある。不妊去勢手術を行うこと、捨てないこと、いじめないこと。
 シンプルなメッセージをたくさんの人が真摯に受け止めて実行する世の中でありますように。

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猫の目に映る世界が美しいものでありますように


by amemiyataki | 2008-05-11 00:43 | 日常

平日終わり

 そうか、今週は平日は3日しかないのか…。

 車検用に去年の自動車税納税証明書が必要と知り、慌てて捜した。おかげで机の上とカラーボックスが片付いた。懐かしい手紙がいくつか現れ、読み返し、偶然、「天上の青(Heavenly Blue)」という朝顔の種が出てきた。懐かしい。何年ぶりの再会か。大阪で実を結んだ種が東北に来て、関東に行き、再び戻ってきた。今年はぜひ、種を蒔いてみよう。あの青はいい。

 手紙の主には偶然、どうしても贈りたいと思っていたものを贈り、返事が届いたばかりだった。不思議なこともあるものだなあと、偶然の一致を感じる。


 大切な友達へ。

 日常を重ねていくと、本当にいろいろなことがあって、なかには悲しくてやりきれないことのほうが多い日常ばかりの年頃というものが必ずあります。そんなことはわかっているって言われそうだけど。
 けれど、そんななかでも楽しいこと、ふっと笑える日常もやはりあるわけで。そうした明るい出来事を忘れずに、生きてください。大丈夫。休みつつ、少しずつ、元気になってください。

*****

 カンパにいただいた(uさん、ありがとうございます!)ロイヤルカナンの「食事にこだわりがある猫用」というのが食いつきいい、と空蝉さんから情報があり、閉店ぎりぎりの時間にペットショップへ車を飛ばした。ケータイで時間を確認して、まだ大丈夫と店に入ろうとすると。すでに自動ドアがロックされており、中で店員がレジ閉めをしているのが見えた。
 ロイカナを売ってる店は(盛岡では)限られている。これを逃したら…店員さん気づいて~~と、恥ずかしげもなく自動ドアの前でぴょんぴょんはねたり手を振ったり。しかし気づいてくれない。すみませーーんと、聞こえるわけないだろうに大声をあげ、さらに手を左右に大きく振る。振る。
 思い返してもしょーもないほどあきれ返るんだけど。やっぱりおばさんになったんだなあ自分。というか、猫関連では羞恥心というのがなくなってるよなあと苦笑いというか。

 ようやく気づいてくれた店員は、あからさまに「ちっ」とイヤ~な顔をしてロックを解除してくれた。「まだ閉店前ですよね?」と聞くと、それには答えず「レシート出ませんがいいですか?」と返された。

 すみませーんと言いながら、急いで件のフードを3袋購入。派手きれいなお姉さん系ふたりの店員に再度「まだ時間ありますよね?」と聞いたけど、無視。
 「蛍の光」が流れてる間はまだ店閉めるなよと、サービス業でバイトしている身としては心の中でつぶやく。きっと、ふたりして私が帰った後、さんざん「ムカつく~~」て言うんだろうな。
 そして。神経図太いから、今後も私はこの店に平気で買いに行くんだろうな。うん。そして、このふたりの店員は私に気づいて「あのムカつく客がまた来た~~」て毒づくんだろうな。

 こんな自分はOKなのかNGなのか。まあいいや。

 確かに「食事にこだわりがある猫用」はみんなに好評だったし。

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ばかだよなぁ(左からひばり、ミニョン、ヴァンサン)


 お猫さまたちは、こちらの所業を見透かすかのように上から見下ろすのだった…。

本日のにゃんこですでに報告しましたが、里親さんの健康上の都合により(喘息)、ひばりは戻ってきました。再募集です。よろしくお願いします。
by amemiyataki | 2008-05-09 23:20 | 日常

再びの、日常

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お客さんはちょっと苦手


 バイトは変わらずあったが、この連休は比較的のんびりできた。

 前半、関東から友人がやってきた。古寺仏閣がマイブームらしい友人を案内しようと、平泉中尊寺を訪問(中学の遠足以来だ)。思いのほか楽しめた。中尊寺が世界文化遺産に登録されるかどうかははなはだ疑問に思ったけれど、岩手の素朴さ、自然の豊かさを素直に驚き、満喫してくれる友人の様子がうれしく、また、自分がこれほど故郷岩手が好きだったのかとあらためて気づかされる。

 桜咲き、山笑う季節。りんごの花が咲き、山々で木々の緑が萌えいずる。冠雪いだく岩手山はいつにもまして大きく見え、空気は心地よいほど澄んでいた。楽しかった。

 まだまだ、見せたい場所が岩手にはたくさんある。季節によって変わる風景も楽しんでほしいなあ。また来てね。
 いやほんと、案内するのが楽しくて仕方なかった。県外のマイフレンズの皆さん、機会があればぜひぜひおでってくなんせ(いらしてください)。ガイドします。

 たきのこともデジイチで撮ってもらった。たきの顔がちょっとつぶれた洋風であることを、再認識(母猫がシャム系長毛)。

*****

 後半。特にこれといった予定はなく、部屋の片づけ。というより、すっかりパフォーマンスが遅くなったパソコンの掃除。2002年に買ったWindows XP。そろそろ寿命なのかなあいやだなあと思っていたのだけれど(その前のWindows95のノートパソコンは5年でダメになった)、「2014年まで、とことん使い切る Windows XPが『速く』『快適』になる本」を新聞広告で見て、そうかまだまだ使えるのかとさっそく購入しクリーニング三昧。そういえば最適化とか不要ソフトの削除とか、パソコン購入時にメモリを最大に積んでもらったのをいいことにまったくなんにもしていなかったと反省。人間もそうだけれど、ドッグイヤーで生きてるパソコンもそろそろシニアの域なわけで、いろいろ疲れも汚れも積もっているよなあと反省。それにしても、時間のかかること。
 まだ本のごく前半部に書いてあることしか実践していないけれど、確かに「軽く」なった。大事に2014年まで使い切りたい。

 そして最近できた友人が、数秘術関係の本を貸してくれた。ありがとうございます。

 それぞれの数字には意味があるということで。
 十代は始まりを象徴する「1」に支配される年頃。
 「2」がおおいに関係する二十代では、他者との付き合い方を学ぶ年代。
 三十代では何かを実行し、創造し、喜びを見つけ出す。
 四十代では人生が深刻に見えてくる。自分の居場所を確保しようとする。「4」という数字は人生の現実的な面を支配し、自分の考えをかたちにし、ものごとを当然のことと思わないよう仕向けていく。
 冒険、変化、独立、探求、実験を支配する「5」の五十代。人生は突如変化し、もっと自由に、あるいはもっと自由を手に入れるための欲求が生まれてくる。
 六十代は家族の役割が変わっていく時期。
 七十代は人生を理解する時期。
 八十代は人格のバランスを保つ時期。
 九十代は天国に旅立つ準備。

 「人生の意味」キャロル・アドリエンヌ著より。

 おたがい、とうに不惑を過ぎた年になって、いろいろとあらためて気づくことがあるよねえと話した。私の場合、若い頃、三十代まではがむしゃらに突っ走ってOKだった。何もいらなかった。自分のがんばりさえあれば。それが少なくとも結果になり、かたちとなって現れた。
 ところが四十を過ぎるとはたと迷い、自分には何があるのだろうと、惑った。生きるヒントというか何がしかのアドバイスが欲しくなった。そこそこ使っているパソコンと同じで、多少のメンテナンスが必要だったり、積もり積もった体重を落とす必要に迫られたり。
 また人生とは良くしたもので、そういう時期におもしろい出会いがあったりする。ホメオパシーしかり、パワーストーンしかり、前世を教えてくれるヒーリングしかり。
 道を見失いかけたころに、ガソリン補給になるような出来事が起きる。そうしたシンクロニシティ(意味のある偶然の一致)が去年あたりからばりばり訪れる。よっしゃ。
 女はひととおり生きる術を身につけた四十を過ぎてからだよなあとあらためて気づいた、この連休だった。中学のころは四十になる自分というのがまるで想像もつかなかったけれど、今の自分がとても楽しみだ(て、日常の雑事や仕事やそれなりの問題はまあそこそこ抱えてはいるんですけどね)。結局、「道」は中学の頃に夢見たものの延長であることに気づいた。

 シンクロニシティの回数を増やしていくこと。
 
by amemiyataki | 2008-05-07 09:12 | 日常