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トリノ永眠

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冬のせせらぎ。小鳥が飛んでいた。
この傍ら、たみおやジル、ほか多くの犬猫たちと眠る




 昨日の午後早く、空蝉さんから「トリノが危ない」とメール。一昨日の通院後、心持ちふっくらしたかな…とちょっぴり安心していたのが、一転。

 気持ちが急きながらもすぐには行けず、着いたのは17時ころだったか。その少し前、サヴァさんが会いにきたと、空蝉さんが言った。

 2階のいつもいる部屋を開けると、トリノはオイルヒーターそばのベッドにいた。確かに息は荒く速い。両腕を前に投げ出した感じが、今は亡きキョンちゃんの最期を思い出させ、いよいよなのかと思う。

 できることといえば、成仏の道を指し示すというアーセニカムのレメディ。たみおのときも、先生があげてくれた。死ぬのは怖くない。今生への未練を断ち切るという。
 台所に下り、レメディ水をシリンジに取り、2階へ引き返すと。

 どこにそんな力が残っていたのか。トリノは元いた場所から、いつもはこだまさんの寝場所となっている一段ケージの中でひっくり返って痙攣を起こしていた。
 もしかして、部屋の一番暗いところへ行きたかったのか。あるいは、また私に「何かされる」、それはもういい、と隠れようとしたのか。

 慌てて近づき、片手でトリノの頭を押さえた。なんて軽い。よだれが垂れた。
 トリノは、それまで聞いたことのない「くーんくーん…」と、さながら小犬が鳴くような声で鳴いた。「どした、トリちゃん。どうしたい」と、意味もなくつい話しかける。部屋の電気をつけたのがいけなかったか…と思いつつ、トリノが行きたかったであろう、ケージの中のベッドへ横たえた。落ち着いたようにも見えたが、トリノは2、3度、前足をかくように動かし、静かになった。階下にいる空蝉さんに、「トリノ、ダメっぽい」と呼ぶ。

 最期まで、猫の耳は聞こえている。それを知っている空蝉さんが、トリノに声をかける。トリノ。トリ。また会おうね。がんばったね…。

 いつ息を引き取ったのかわからないほど、そのままトリノは向こうの世界へと旅立った。


 もうこれで、トリノにできることはないのだ。

 トリノは私にとって、初めて看取った猫になった。トリノの最期は、悶絶するような苦しみの挙句亡くなった、というのではない。文字どおり「息絶えた」。

 保護猫たちで、トリノほど闘病生活が長かった猫はいない。考えてみれば、去年の4月あたりから調子は悪かった。そのほんの少し前は、大きくまるく、タヌキ顔が愛らしい、そしてわりと食い意地が張っていたトリノ。去年の2月頃に撮った写真を見ると、明らかに具合が悪いのはグレのほうだった。黄色い鼻汁をずっとたらしていた。

 4年前の2月、トリノは空蝉さんが保護した。雪のなか、空蝉さんが雪かきして作った小道を、ごはんを食べに通ってきてくれた。トリノオリンピックのときだからと、名前はトリノ。「かわいいから、絶対もらわれるはず!」と空蝉さんは言った。血液検査でエイズウイルス陽性、しかも思った以上のお年寄りだったけれど。

 今年のオリンピックの頃までもつだろうか。来週の節分、立春の頃まで生きるだろうか。プチポン初のカレンダーで、トリノの出番は9月。その頃にはいるだろうか。

 どう見ても、よく生きている。そのことがただただ奇跡だったトリノ。本当に、最期の最期まで、私たちを気遣うように、私たちが看取ることができるように、タイミングをはかって旅立ったトリノ。


 花を買いに行き、プチポン男子の7君が以前、モリのときに用意したお線香をあげ。報せを聞いて、アイさんが花を持って駆けつけてくれた。顔が真っ青だった。

 目覚めないトリノの体を撫で、花をきれいに彩ってくれた。春を思わせるピンクのチューリップがかわいらしかった。

 三人で、よくがんばったよねえ。朝来たとき、トリノが死んでたらと思うとそれだけは避けたかったからよかったのかもねとか。早朝のメールは何があったか、開くのが怖かったなどなど。

 亡くなる前のトリノをサヴァさんが見舞ってくれた。夜当番のNくんもトリノに会える。7君も、「夜、お別れに行きます」とメールが来た。

 たみおもモリも、長かったようで3ヵ月くらいの闘病だった。トリノは9ヵ月近くがんばった。

 トリノのことでもう「させてもらう」ことがなくなったと思うと、正直残念でならない。点滴、お灸、強制給餌…みんな、気を張っていたと思う。いつまで続くかと思うこともあったが、それでもトリノには生きていてほしかった。

 生まれ変わったら、今度は少しは人馴れした猫に…と私が言うと、それじゃダメと空蝉さんが言った。じゃあ何に? それはトリノの魂が決めることなのだろう。

*****

 明けて木曜。雨と雪が交互に降る天気に、トリノの火葬に行く。

 スタッフの人は、いつもと同じ女性だった。けれど、向こうはこちらを覚えているわけでもなく。「今回が初めてですか?」「いいえ」「じゃあ、1000円お引きしますね」「助かります、ありがとうございます」。

 そっけないくらいの施設だったが、見送る側の気持ちを汲んだ心配りを見せてくれるところだった。トリノを見て、「きれいな猫さんですねえ」と言ってくれ、一緒に線香をあげてくれた。

 40分もしなかったと思う。緑茶といれたてのコーヒーをご馳走になり、備え付けの雑誌を読み、時折、トリノがいる施設の煙突を眺め、煙って見えないものなのだなあなど思ったり。

 お骨拾いも、スタッフの女性が一緒にしてくれた。

 元気なときはまんまるでっかいトリノだったが、闘病を物語るように骨は華奢でもろかった。骨はきれいだった。ただ、水色に染まった部分(骨ではない)があり、輸液がたまったところなのか、腎臓の部分なのか、よくわからなかった。

 連れて帰るのではなく、共同墓地へ納骨した。05年7月にはたみお、同年12月、ジルを納骨したところへ。
 ちょうど、ほんの少し前にお参りにきたという人が置いていった生け花の香りがした。アイさんのチューリップを取り分けて生けてくれていた気持ちもうれしかった。

 ここに来るのは5年ぶりかと思うと、なんだか感慨深かった。今は雪に埋もれているけど、春には山桜や山吹がきれいですよ、とスタッフの女性が行った。


 たくさんの方々からお悔やみのコメント、メールをいただきました。あらためて、たくさんの方が応援し、見守ってくださっているのだなあと思いました。

 ありがとうございます。感謝をこめて。
 


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造花に混じり、生花もある。
ほんの少し前、お参りに来た人が生けていったという
フリージアが香る




トリノ。また会えたらいいね。
本当によくがんばった。
ありがとうね。
by amemiyataki | 2010-01-28 14:33 | 日常

いろいろ思う

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さわれない、わが家のちー。それでも、かわいい。



 金曜、トリノ通院。体重がとうとう、今は亡きモリと同じくらいになってしまった。2.25キロ。
 状況は厳しい。

 食べる意欲はある。だがそれも、少しずつ衰えてきている。

 何をやっても、反応が返ってこない。先週はまだそういう状況ではなかったはずが、少しずつ、少しずつ、悲しいけれど「その時」は近づいているのかもしれない。

 もういいよ。そんなに頑張らなくても。とは言えない。ただ、一日一日、一瞬一瞬をただ「生きる」。その姿にえらいなあ、ホントにトリノはえらいねえ。ありがとうねえ。としか言えない。少しでもラクになれるように。少しでも「ああおいしかったなあ」と思ってもらえるように。みんなあれこれできることをやっているのだけれど。

*****

 診療のとき、先生はテルミー灸をていねいに時間をかけてトリノにしてくれる。そのとき、いつもたわいのないことを話題にする。
 このときも、大河ドラマの「龍馬伝」の話をした。

 「先生、演出の大友啓史さんって、盛岡出身なんですよ。先生と同じ高校」
 「大友…大友くん? ……同級生だわ」
 「うっそー! 今、ブレイクしてるプロデューサーですよ。『白洲次郎』とか『ハゲタカ』とか」
 「そういえば、高校の友達からの年賀状に、『大友君がテレビに出てるよ』ってあったなあ。
  てっきり、俳優になってるのかと思ってたけど」

 あの映像の質感がすごくいいですよねえ。など、不謹慎にもじっとしているトリノの上で会話がはずむ。

 第1回・2回と、龍馬が泥まみれで、「目や耳に泥が入って痛かったー」と福山雅治が言ってましたよー。岩崎弥太郎の香川照之も、「ここまで汚されるとは思わなかったですわー」って。などなど。

 「龍馬伝」も録画して見ていると先生。「実は私、『幕末歴女』なんですよ」
 「歴女ときたーっ! 私、自分が『歴女』って言う人、初めて見た! しかもなんで幕末!」
 ふふふふと笑う先生。「幕末大好き」
 「で、誰が好きなんですか?」
 「うふふふ…ひ・じ・か・たさん」
 「そっかー。近藤勇じゃないんですね?」
 「違います。ひ・じ・か・たさん」
 「そっかー。私も時代劇好きだけど…どれが好きっていうと…『忠臣蔵』かなあ。ところで、龍馬を暗殺した人って、結局いまだ謎なんですよね?」
 「いや。犯人わかったはず。確か龍馬を斬ったっていう刀もどこかにあったような…」
 「で、誰なんですか? 薩摩? 長州? それとも幕府?」
 「薩長ではなかったような…」
 「先生…土方さん以外、あんま興味ない?」
 ふふふふ…。

 「で、先生、こないだ言ってた食欲を刺激するツボってどこですか?」

 どちらもB型なので、話題がいきなり飛んだり飛ばしても平気。先生は、診察室にある犬の模型を指して、「肋骨のいちばん最後の下のところ。左側のほう」と教えてくれた。「肋骨って…いっぱいあるんですね」と、あほなことを言う私。

*****

 今日はなんだか、久しぶりにゆっくりできた日曜だった。プチポンショッピングの商品発送に郵便局に行ったら。隣で高齢の婦人が、昨日どこそこのポストから投函した手紙を取り戻したいと掛け合っていた。
 取り戻せるのかなあ。昨日今日は休みだからどうなのかなと見ていたら…件の手紙が見つかったようで、取り戻すための書類に、何やらずいぶんと書き込んでいた。

 母と些細なことでけんか。郵便局の帰り、ケーキ屋に寄り、限定のいちごのケーキを買って帰る。これで仲直り。おたがい、つまらないことでけんかするのはやめようね、と言ってうなずき合う。


 なんだか、今年に入ってまだ何もなしえていない。そんなふうに考えるなんて、ちょっとネガティブになっているのかもしれない。

 トリノの命の灯が少しずつ小さくなっていくのを見ているのはつらい。

 そんなことをわかさんへの、ご無沙汰メールに書いたところ、返信をいただいた。


別れは別れではありません。喜ばしい出発だと知っていても、
すぐに受け入れることは難しいでしょう。

それもすべて含んで、 彼は、一番最適なとき、瞬間を選んで
向こうの世界へ羽ばたいていくのだと思います。

最後の瞬間まで、
彼は輝いているのでしょうね。



 プチポンを長年応援支援してくださっているmito_and_tanuさんからも、やさしいメールをいただいた。

猫達は人間と違って、本当に生きることに前向きですね。 だから、猫達を世話するためにも、人間も前向きに生きていかないといけないのでしょうね。

トリノ君も毎日きっと前向きに生きているのだと思います。 具合が悪くても、やさしくしてくれるみなさんとの安心できる生活は彼にとってすばらしい毎日なのではないかと。

トリノ君が元気になってほしいと思うのは別に人のエゴではないと思いますよ。 誰もが、親しい猫達の長生きを祈るでしょうから。それは当たり前のことだと思います。

残念なのは、それを決めるのは私たちの権限ではなく、神様の領域だということですが… 
トリノ君が毎日を楽しく、みなに囲まれて過ごせることをお祈りしています。 


 本日のにゃんこ2のほうへも、お見舞いコメントを多くの方からいただいている。本当にありがとうございます。



 わかさんのメッセージを読んで、以前、先生が言った言葉を思い出した。もう何度もブログに書いていることだけど。

 死は、もう一つの生であること。この世に生まれてくるのにすんなりと生まれてくる子もいれば、難産で生まれてくる子もいる。それと同じように、死ぬときもあっさりと死んでしまう子もいれば、難産のように大変な思いをして死んでいく子もいる。悲しむのは当然だけど、あまり悲しみ過ぎないように。

 原文を掘り出すのがちょっと難儀。早く過去ログを整理しなければ。

 今、トリノは「新しい生」へ向かって、生まれ変わろうとしているのだろうか。すっかり痩せ細り、食べるのも水を自力で飲むのもままならない、この状況は、いったい何のためにトリノが受けなければいけないものなのか。

 正直よくわからないけど、きっとこの向こうには、安らかな時間がトリノに用意されている。そう信じたい。

 
by amemiyataki | 2010-01-24 18:42 | 日常

かわいい



 先日、テレビで見て母と大喜びした画像。YouTubeにあったのね~。

 ちーに似てる!と大騒ぎしたのでした。

*****

 「つぶろぐ」に「差し出せないメール」云々書いて、「私ですか?」という連絡を2、3いただきました。このブログを見ている人ではないので、ご安心ください。悩ませてしまって本当に申し訳ありませんでした。
by amemiyataki | 2010-01-22 19:02 | 日常

スクワット

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空蝉さんに作ってもらったムーミン長財布



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内布は北欧のヴィンテージもの



 プチポンショッピング出品用に、空蝉さんが長財布を製作中。特別にムーミン財布を作ってもらった。すんごく嬉しい。さっそく使わせてもらっている。バッグから取り出すたび、ににやにやしてます。ショッピングサイトでは現在1点、長財布を出品中。皮革をいっさい使わない、自然環境にやさしい手づくり財布。いかがですか?

※プチポンショッピング、新作続々登場中です。新作家「まいむ」さん、登場です。ポーチ付きエコバッグや猫柄バッグを出品。どうぞよろしくお願いいたします。
おかげさまで今のところ、トリノ通院約6回分(点滴セット含む)の収益をあげています。ありがとうございます。
今日中にちろりろさんの新作(箱ティッシュカバー3点)をアップする予定。お見逃しなく!

*****

 正月の特番でやっていた超激太りダイエットスペシャル、とかいうのをなんとなく見ていたら。

 出産後太ってしまい、この姿のままでは「公園デビューができない」と落ち込むママがいた。ダイエットプログラムに取り組みながらも思いきって公園に行ってみたところ。ほかのママたちから、ダイエット方法を教えてもらったりと好意的に迎えられ「こんなことなら、もっと早く来ればよかった…」と、ママが明るくなった。

 ママさんダイエット法のひとつに、「赤ちゃんを抱っこしてスクワットする」というのがあった。
 森光子さんも取り入れてるというスクワット。母も、カーブスでやっているが、そのマシンが「スクワット」という名前であることを知らず…。それでも、テレビを見ていきなり、「たきを抱っこしてスクワットするっ!」と言いだし、さっそく実行。
 たきは、迷惑そうながらも黙って抱っこされたまま、付き合っていた。

 以来、わが家のマイブームが、「たきを抱っこしてスクワット」になっている…。ちょうどいい重さなのよ。

 それにしても常盤えりかさん、すごかった…。
by amemiyataki | 2010-01-18 16:33 | 日常

すべては、40を過ぎてから…

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退屈だにゃ…(と腹いせに、新聞にのってみる たき)



 フリーランスになったのは、25の頃。当時、所属した事務所ではいちばん若く、クライアントからの引き合いも多く、少しばかり「なった気(思い上がっていた)」していたあの頃。運よく大手出版社の雑誌を校正する、レギュラーメンバーにもぐりこむことができた。相方は…たぶん、当時60前後ではなかったか、大ベテランと組むことになり、緊張した。間に、40代の中堅女性。

 仕事は、40代の中堅女性を中心に回った。しかし、意地悪だったなあ。ペーペーの私と同じ時給だというのが許せない、と面と向かって言われたのにはびっくりした。事務所の決まりでギャラに年齢差はなかったのだ。こちらのミスをちくちくつかれる度、ギャラに差をつけてほしいと、何度も心の中で思った。こちらのミスでなくても、真っ先に「あなた、どういうこと?」と聴かれる始末。だんだん怖くなり、赤字を入れることにもずいぶん迷いが生じた。これは愛のムチ!と言い聞かせ、がんばろうと誓い、一生懸命辞書を引いた(素直だったなあ)。

 こんなことがあった。「手間ひまかける」という言葉は、正しくは「手間隙かける」。「隙」という漢字を「ひま」と読むのは、常用漢字表の読みにはない。そこで、「手間ひまかける」と、「隙」はひらがな書きにする。
 それが、誰が赤字を入れたのか、「手間暇かける」と、「暇」に直されていたのだ。

※現在では「手間暇とも書く」、と許容漢字になっている

 「あなた、なんの辞書を使っているの?」と、40代のMさん。

 なんのことやらわからなかった私は、にっこりと「これを使ってます」と、みんなが使う三省堂の「新明解」を手に取った。

 うーーーんと唸る40代。「『手間暇かける』って、辞書にある?」

 さーっと青ざめた。自分がしたことではないのに、すでに彼女から言われるひと言ひと言に敏感に反応するようになっていて。

 「あ、それ私」と、たまたま助っ人に入っていたOさん。「ごめんごめん、間違ってた?」

 Oさんがレギュラーで持つ主婦雑誌では、代用漢字・俗字OKだった。年齢を表す「歳」も、読みやすいようにとあえて俗字の「才」を使っている。

 Mさんの不満の行き場はなくなってしまった。

 それでも、いいバランスだったと思う。新人だけど体力はある20代、脂ののった40代、そして熟練の60前後。たがいがたがいを補う感じで、仕事はうまく回っていた。

 なにより、辞書の引き方、出版社により微妙にことなる表記、用字用語辞典の使い方…それらすべてを教えてくれたのは、60前後のKさんだった。確定申告書の書き方まで教わった。

 体力・視力ともに衰えたKさんだったが、何かこう…緩急自在というか、こちらが肩に力を入れて目いっぱい校正するゲラも、それほど力まずともちゃんと誤字脱字を見抜くんだなあ。

 知識、経験が自分を支えてくれるということを、Kさん、そしてMさんから教えてもらった。

*****

 つい先日、同年代で同業者のRさんから、おもしろい話を聞いた。Rさんは他県でフリーランスとして仕事をしていて、岩手にやってきた。

 某出版社の副編集長(20代)に、「Rさん、女の人って、40すぎても仕事ってできるんでしょうかね」と言われ、すでに40すぎてたRさんは内心、大いに焦ったという。

 「若いって残酷だねえ(そういうことが言えるなんて)」と、私もびっくり。

 「そうなんですよ。私がいたところでは、ある程度会社員として勤めたあと、40すぎてからフリーに転じる人がほとんどで、バリバリ仕事をしてましたよ~~」とRさん。

 そうだよねえ、女は40を過ぎてからだよねえと、居合わせたK子さんとヤバイヤバイと言い合った。

 そういえば。以前、30代の同業者から、「雨宮さん(私のこと)とK子さんは、せいぜいあと仕事ができるとして、10年くらいですよね」と言われて肝を冷やしたことがあった。悪気はないのだろうけど、人にそんなふうに「期限」を言い渡されてびっくりしたものだ。そうか、私はあと10年なのか…。



 中学の頃、40の女性といえば想像がつかないくらい「大人の女性」なのだと思っていた。実際、40を過ぎ、42で亡くなった生母の年齢を過ぎ、50を前に思うことは。

 年齢を重ねたところで「三つ子の魂百まで」。それほど自分は変わったわけではない。相変わらず日常にもがき、もっともっとと、こうありたいと願う自分像との間できゅうきゅうとしている。けれど、経験を積んだ分、若い頃には対処しきれなかった難題も、なんとかこなせる、ある意味「ずるさ」というか処世術も身についた。そうそう、傷つくことも少なくなった(と思いたい)。

 34歳で、故郷の盛岡に戻った。仕事は手放したくなかった。帰るとき、友人がプレゼントしてくれた東京サンシャインボーイズの最後の芝居「罠」を見て、劇中、「私、まだ34なのにっ!」と号泣する女優の姿に自分を重ね、涙した。看病していた父が亡くなり、年が明けて阪神淡路大震災が起き、地下鉄サリン事件が起き…この世の終わりとでもいうような悲劇が世の中全体を覆い、自分もまた、人生終わったな…と失意の中で過ごした半年あまり。

 ところが、人生はまだまだ続く。今も。たぶんこれからも。今ある仕事に感謝しつつ、猫たちとかかわり、そうして毎日が過ぎてゆく。

 20代の頃はなんにもわかっちゃいなかった。30のときはもがき苦しんだ。40を過ぎて、少し余裕が生まれた。経済的には相変わらずだけど。
 人生、50を過ぎてからなんじゃないかと(私の場合)、ひそかに準備することがあれこれ。

 がんばるのだ。それでも、生きるのだ。死ぬまで。

 でも、やっぱり今の席はいやだなあ…。人生初です、こんな席。←愚痴たれるあたり、まだまだお子様…。
 

 

 
by amemiyataki | 2010-01-12 01:22 | 日常

慶賀新春

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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床の間に正月花



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ミニお重



 正月の準備は、「縁」のおかげで揃えさせていただいた。本当にありがとうございます。

 お重は、クライアント先の営業嬢のご紹介で。意外にも(といったら失礼だけど)美味しかった。
 それにしても。おせち料理というのは元旦に食べるものだとばかり思っていたけど、実家が商売をしていた母が言うには、「大晦日にこそご馳走を食べなきゃ」だそうで、このお重は31日にいただいた。ナメタガレイの吸い物を作り、年神様が入ってくるという床の間と神棚にご馳走を供え、二拝二拍手一礼をし。

 紅白は思いのほかに楽しんだ。時代は「嵐」なんだなあ。スーザン・ボイルの歌声も、裏番組ではポール・ポッツの歌声も聴いた。なんというぜいたくな日本国。

*****

 今年の年賀状はいたって明快&シンプルなものになった。去年のものを見返して、なんと饒舌で暑苦しいことよと反省。でもたぶん、去年の自分はそんな気持ちだったのだろう。挨拶の賀状に、そんな曖昧な決意表明をしてどうするよ、自分…。

 B型なので(といったら、生真面目で几帳面な世のB型の人たちに失礼か)、「今年の目標」というのは、めったなことでは特にはたてない。「やりたいこと=やらなければいけないこと」になっていて、それが何かはよくわかっている。それを実現させるだけだ。バイトがなくなった分、そちら方面に注げる力がわいてきたことが本当にありがたい。かといって、バイトはしなければいけなかった「登竜門」のようなものだったことが、今はわかる。あれなしには今の自分はありえなかったのだから。

 そういえば。「引き寄せ」で少しいい気になったついでに、クライアント様にひとつの提案をしたのだけれど、それは叶わなかった。残念。時期尚早ということか。それより、今与えられている仕事をもっと熟練させよということか。気持ちが通じていないことを再認識した次第。

*****

 新しい年が実りある年となりますように。

 幸いが少しでも多く、感じられる日の積み重ねでありますように。
by amemiyataki | 2010-01-02 00:39 | 日常