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老いる

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あお♂ エイズウイルス(+) ホストファミリー募集中



 ちゃとの飼い主さんと思われる方に、同じ敷地内で保護したあおとつかさの情報がほしくて、連絡をとってみた。

 そうしたら。

 ちゃとが飼い主さんの猫ではないことがわかった…。

 飼い主さんがレスキューを依頼した自分の家の猫は、茶白の10歳のメスだという。

 ちゃともあおもつかさも飼い主さんの家の猫ではない。

 振り出しに戻るという感じだけれど、大差ない。元の飼い主をさがしつつ、ホストファミリーをさがす。
 

 ウイルス陽性の猫たちにも、不自由なく飼い猫だったときのように、人の愛情を注いでもらえるように。うららやあおと接していると、本当にそう思う。せっかく保護して、寂しい思いをさせたくはないのだけれど。

 保護部屋でケージ管理下にあると、気持ちは沈みがちになってしまう…。なんとかしたい。

*****

 花巻から叔母が来て、母と私と3人で、88歳と91歳の大伯母の見舞いに行った。

 入院中の88歳の大伯母は、意識ははっきりしているものの、筋肉がすっかり落ちた体はベッドから起き上がることができない。それでも、肺炎で入院していた頃よりはずいぶん元気になった。細い腕に点滴跡が痛々しく、本人もしきりにそれを気にして塗り薬を何度も何度も塗っていた。伴侶の大伯父は90歳。見舞いに通うのもままならず、二人で入ることができる施設を物色中。

 その大伯母の姉である91歳の大伯母はすでに軽費老人ホームに入っており、軽いボケ症状は見られるものの、寝起きもひとりでできて年相応に元気。
 前回行ったときは私の名前が出てこなかったが、今日は思い出してくれた。母と叔母と、若い頃に住んでいた家や町やご近所さんの話ができて大喜びだった。

 お昼は、叔母のご馳走でホテルで和食。久々の大ご馳走に母、大喜び。25日、大台になった母の誕生祝いを兼ねて。繊細な盛り付け、バリエーション豊かな味。目と舌で楽しめる和食は、日本人に生まれて良かったと思うことの一つ。醍醐味だとあらためて思う。母たちは和食膳、私は丼膳。鴨南蛮そばがとても美味しかった。

 この日の予定を事前に紙に書いていた母だったが、当日その紙を忘れ、見舞いに行く順番を取り違えた。けいこおばさんに行ってからとみこおばさんだよと私が言っても、違うと言って譲らず。まあいいんだけれど、たきちゃんはあたしが覚えてないのをいいことにいつも嘘をつくとか作り話をするとか、最近そう言うことが多くて困る。老いては子に従えっていうじゃないと言うと、ますます怒る。私が言ったらダメか。物忘れの多さに本人もびっくりがっくりだが、たきちゃんもあたしの年になればわかるんだからと、プンプンする。
 はいはいわかったわかった。

 正直、母の年齢になった自分など想像もつかない…。

 老いは誰にでも平等に訪れるものなのか。いや、誰にでも平等に訪れるのは「死」だ。

 年老いて、生き方を選べない大伯母たちの姿を見て、自分はどうなるのかなとちらっと思う。
by amemiyataki | 2011-09-29 02:38 | 日常

秋彼岸

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ちゃと♂ 里親募集中



 前回のエントリからずいぶん間があいてしまった…。しかも9月エントリはこれが初めて。うむう。「本日のにゃんこ2」を頑張って更新しているので、そんなにあいているとは思わなかった。

 前回のものを読み返して、ずいぶん苦しそうだな…と思いつつ。今も気持ちはあまり変わらないけど(いただいたカンパや物資のご支援のおかげで保護ケアが維持できています。これは本当に助かっています。ありがとうございます。ご支援がなければ成り立たない状況というのが怖い…)。

 4月に無職になり、7月に働かなくては!と動き出したものの…。7月に働いた分がようやく今月20日に入り。金額が1万4000円。の収入なり。うわ~。恐ろしい……。独り暮らしの賃貸住宅なら言語道断。家賃がないのがせめてもの救い。しかし恐ろしい。
 恥ずかしいことなのかもしれないが、記念に(?)記しておこう。すごいなあ。
 それなのに、締切が3つ重なったり、今も重くのしかかっているものが2つあったり…(でも支払いがいつになるのか、そもそもギャランティがいくらなのか知らされていない)。また身体を壊すのは避けたいばかりに、以前のふんばりもなく。
 なんとかしなきゃと、急遽求人広告を見てバイトを申し込んだけれどそれもたった2日間だけだ。うはー。

 被災動物の状況もさることながら、なかなかリスキーなのではないだろうか自分も。

 考えろ。
 そして悠々として急げ。
 時間は有限なのだから。

*****

 ちゃとを保護した方に確認して、わかったこと。一緒に同じ場所で保護した、あおとつかさは依頼飼い主さんの猫ではないこと。飼い主さんが依頼した自宅の猫はちゃととその姉妹のさび猫、そして親猫の茶トラ。ちゃととさびちゃんは保護できたけれど、親猫は未保護。こういう状況なので、もらい手を見つけてほしい、と。

 あおとつかさの飼い主さんを捜すのは難しいかな…。でも、やれることはやってみよう。

 震災以来、本当になんということが起きてしまっているのか。ずっと重苦しいものに取りつかれているみたいだ。何か一つ、一つでもいい方向に向かえば流れが変わるだろうか。

 すべてにおいて、試されているのか。そしてまた、「ああ私はこの程度の人間なのだ」と打ちのめされる。そう落ち込むのは一瞬にしておかないと。自分をふるいたたせなくては。
by amemiyataki | 2011-09-24 02:26 | 日常

3つの「生」

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呼んで振り向くのは、耳だけ。




生には生命・生活・人生の三つがある


 リハビリテーション医学の権威、上田敏氏の言葉。

生命さえ救えばいいのではない。生活、そして人生を大事にする全人間的復権こそ、リハビリテーション医学だ


 朝日新聞のいつかの記事。切り抜きがそのまま机の上にあったので、忘れないうちにウェブにアップ。震災から4ヵ月以上が過ぎて、命が助かり生活や人生まで救われ回復した人は、被災者のうちどれだけいるのだろう。命の危機にさらされなくとも、今になって生活や人生まで奪われつつある人も出てきているだろう。

 もしこれが自分だったら。そう考えたら居ても立ってもいられない。そうした緊急に駆られて動く政治家はどれだけいるというのか。テレビを通して見る彼の人たちは、偉そうで他人事のように語る。

*****

 すべてのことに意味があり、自分に起きることは起こるべくして起きる「必然」なのだとしたら。

 自分にとって、今年前半の出来事は、必然だったと受け入れることができるようになった。今になって。けれど、震災で命を落とした人たちにとって、それらは必然なのだろうか。そのことがずっと引っかかっていて、いまだに答えを見出せないでいる。たぶん、答えなんてものはないのだろうけど。

 人はいつか、必ず死ぬ。誰もが。そういう意味で死ぬことは必然だとして、なぜ震災で一度に大勢の人たちが? 生を終えてしまったら、必然を受け入れることもできないではないか。

 頭のどこかに、ずっとある。生活を共にした人、たがいの人生の中ですれ違った人。そうした人たちがあの震災で亡くなってしまった。それをどうやって受け入れたらいいのか。どう、自分の人生を続けていけばいいのか。
悲しみが寂しさに変わり、寂しさが懐かしさに変わる
人はそうやって悲しい別れを乗り越えていく

阪神大震災の時に教えられた言葉です。
身近な人との別れをいくつか経験し
そのたびに心に浮かぶ言葉です


 05年7月に茶トラのたみおが生を終えたとき、ユキチ母さんからいただいた言葉。

 時という薬が効くのは少し時間がかかりそうだから、何か自分で薬を見つけることも生きていく以上、必要なのかもしれない。

*****

 父の遺品を初めて片付けた。17年経って。もうそんなに経ったのか。17年前、東京から帰省して荷物を父の書斎に置いた。以来、父が遺したものたちを覆い尽くすように増殖していった自分の無駄なものたち…。かき分けて、なんてきちんとした人だったのかと改めて思う。比べて、自分のだらしなさときたら…。
 
 いろいろなことを思い出し、お父さん片付けるねと心の中で言いながら。懐かしい父の面影があちらこちらにあった。書道と建築の本をたくさん片付けた。
by amemiyataki | 2011-07-26 02:37 | 日常

贋者とかまがい物とかイミテーションとかではなくて

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福島の被災猫、とも♂ 一時預かり募集中
問い合わせはこちらから



 たまたまというか、成り行きというか。ひとり部屋にしてしまったことで、「とも」くんは他の猫に対して容赦がない。他の猫が大嫌い。オレのテリトリーに入ってくるな!的に怒る怒る。
 それとは真逆に(というか)、人間には「かまってちゃん」の「甘えたちゃん」。キミは分離不安症か?というくらい、後をついて回る。ごはんの準備がこれではできない、と一時的に風呂場に隔離したりして。

 かといって、今日はともとふたりきりでいたら、とても落ち着いたもので。

 寂しいのだ。本当の「かあちゃん」からわけもわからず離されて、そりゃあ頭にもくるだろうし、たくさん知らない猫がいて、いらいらも募るだろう。

 プチポンの環境が彼には耐え難いだけで、きっと初めて猫と暮らすという人にもぴったりではないかと思う。

 エイズ・白血病ともに陰性。保護時去勢手術済み。駆虫済み。近日中にワクチン接種予定。

 一時預かりさま、大募集中です。どうぞよろしくお願いいたします。

 ともの募集記事はこちら本日のにゃんこ2もぜひご覧ください。

*****

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ケースを替えた



 ずっと黄色のケースだったのだけれど、なんとなくピンク系がいいなと思い、替えた。最初のイメージはベイビーピンクだったのだけど、店頭で目にしてこれに決めた。

 しかしなんというか…今の今まで、イギリスの「キャスキッドソン」とこの「キットソン」が同一ブランドだとばかり思っていたという…。全然、テイストが違うよね。


*****

 これではダメだと一念発起して売り込み(?)に行ったのが7月7日。幸運にも、あっけないくらい話はまとまり、逆にそれが「本当に仕事をくれるのかなあ、いつ?」と半信半疑だったのが、14・15日に急遽仕事が入った。本当にありがたい。慌てて三脚を買い、カメラ屋さんに教えを請うて…頑張らなくては。少しでもいい仕事をしたい。

 震災から4ヵ月。ようやくその気になったからなのか。東京時代、お世話になった事務所のM社長からも仕事が舞い込んだ。2件。最初のものは恩情から。次のがかなり大変かも。
 そして今日、以前仕事をさせてもらったところからも思いがけない電話。なんと(これは来週、会ってから)。

 まがりなりにもこのフィールドにずっといたわけだから、踏みとどまれる可能性があるなら頑張らなくては。もしどうしてもダメなら、そのときは別のフィールドに移ればいい。

 それにしても思うことは。

 つくづく自分は「本物」じゃないなあということ。つまり「ダメだなあ」と自分にがっかり、失望することがなんと多いことか。

 猫保護に取り組むにしても中途半端。何をするにもこうありたいというところにはほど遠く。落ち着きがない。

 誰かと競うとか、誰かを目標とするとかではなく。こうありたい自分に少しでも近づけるように。

 …て、本当に…そんなことを思うあたりは十代のころとちっとも変わっていないのか…がくり。



アウトプットが出来ない状況にあるときは、ともかく借金してでも
自分に投資することです。インプットを続けることです。

絶対に晴れないどしゃ降りはありません。

私は仕事で大変な事故にあったり、欺されたり、問題が大きかったりしたときに、
その後で、かならずその倍返しでプラスになって戻ってきました。
これは20年以上の経験を振り返って確信できた唯一のことです。

その経験知があるから、どんなに嫌なことも耐えられるんだと思います。
いやなことは全部自分の栄養にしてやるんだって思ってください。
かならず幸せがやってきますよ。


 Mさん、ありがとうございます。


 晴れないどしゃ降りはないのだ。自分を信じることができるよう努力を惜しまないこと。
by amemiyataki | 2011-07-21 01:10 | 日常

言葉の記憶

 初めての猫、たきを迎えて世界が一変した。毎日が新鮮で、楽しくて仕方なかった。世界中の人に自慢したくて。そんな気持ちでホームページを作った。ほどなく、「さるさる日記」という、ブログの前身というべき日記投稿サイトを始めた。

 それが、2000年5月のこと。

 長年続いた「さるさる日記」のサービス終了のお知らせが届いたのが6月。ログのインポートエクスポートというのを初めてやってみて、移行した。

 2000年5月から、2005年までの5年間の記録というか、自分のための記憶箱。画像はなくなってしまったけれど。なんとまあ初々しいこと。と思う半面、なんだほとんど変わってないな自分と思ったり。

 更新はしないのでずっと広告がトップに固定されているけれど。よかったら、何かの時間つぶしにでもちらっとでもよかったらのぞいてみていただけたら嬉しいです。こちら

 この「さるさる日記」を通して出会い、今もご縁が続いている方々のことが浮かぶと、なんとも感慨深い。ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 あとは、さくらのレンタルサーバに載せていたブログをウェブ上に移行すればつながるわけで。いつになるかなあ。

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by amemiyataki | 2011-07-20 01:32 | 日常

心が折れる

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仮の名は「はく」。ちょびひげ模様のお母さん猫



 低栄養、高ストレス。きゅうちゃんや福島の猫たちの状態を、先生がこういう。

 はくの白い毛が汚れているように見えるのは、汚れではなく栄養状態の悪さからなのだとか。この写真は保護して3日後。2週間以上経った今、手元の白い毛はまだ色があるけど、胸元はとてもきれいになった。疲れきった体にシャンプーは勘弁でしょうといわれ、はくはつちゅんは蒸しタオルで拭いただけになってしまったけれど。

*****

 「心が折れそうだった」と、そんな表現を初めて耳にしたのは、確かイチローの言葉だったと思う。記録への挑戦が課せられているイチローのプレッシャーは相当なものなのだろう。心って、壊れるものではなく折れるものなんだと、不思議な感じがしたけれど。

 心が折れる。まさにそんな気がすることを体験した。自分にはイチローのようなプレッシャーは何もないのだけれど。心がポキンと折れそうになるとは、こういう感覚なのか。

 その体験は「本日のにゃんこ2」に記した。


 けれど人間というのはよくできたもので、立ち直ることができるのだ。必ず。
 
 心は決して折れはしない。ねじ曲がりそうなほどの悲嘆も、やがては薄れていく。そして心は元に戻っていく。そういうふうにできているから、人間をやれるのだと思う。


 震災前の日常にちょっぴり戻りたい。あんなに忙しくなくていいから、仕事をしたい。働きたい。こうした状況がいつまで続くのか。

 働く。猫のことをする。遊ぶ。息抜きをする。家族を大切にする。
 今の自分は猫のことだけしている。それだって、充分とはほど遠い中途半端(しかし、中途半端ではなく…というのはどういう状況なのか。考えたくない)。

 収入を得る手立てがないというのは、けっこうきつい。そのことを解消すべく動く前に、猫のことに気持ちがいくというのは…ある意味、逃避なのか。

 生きるというのは、なかなかどうして大変なことよ。

 
by amemiyataki | 2011-06-14 01:31 | 日常

少し、脱出…?

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煩悩って何かにゃ…(ヴァンサン)



 現在、保護猫数24とかつてないMAX数にみんな呆然。大変な労力と時間…いやいや、それにまさる愛情をたっぷり注いでいるわけで。しかし疲労も蓄積しているわけで。

 通院回数も半端ではないし。医療費も半端ないし。自分たちで決めたこととはいえ。
 ありがたいことにカンパご支援もいただいていて。ご支援金がなければとうてい立ち行かないわけで。
 しかし…正直、気が遠くなる…。

 あまりに心ここにあらずといった状態が見え見えなのか、「どうしたの?」と母が聞く。話しかけられても上の空の相槌だし。気づくと眉間に皺を寄せ、ああでもないこうでもない。こうしたらどうか。いや、何かし忘れていなかったか…などなどずーっとずーっと考えている。

 猫たちのこと。

 こだまさんも、厳しい状況が続いている。まったく食べない。そんな状態が一週間以上続いている…。それでも目ヂカラはあり、シャーッをするのだけれど。

 どなたかが、「本日のにゃんこ2」の拍手コメントに「ギー」のことを書いていて。おおそういえば! とはたと思い出し、さっそくカルピスバターで作ってみた。高栄養、高品質の栄養補給に。

 皿に少量盛り、ふと目をそらした隙に…ともクンがペロリと食べていた。おお、そんなにおいしい??


 どうしようどうすれば…という状況が続いているのだけれど。またひとつ、行動できることを見つけそれがきっかけで袋小路の思考にもガス抜きすることができた。やれやれ。

 たくさんメールと電話をしてしまった。皆さんすみません。そしてありがとうございます。

 …あまり状況に変化はないけれど、昨日より今日、明日は今日よりもきっといい日になっていると信じて。

*****

 ガンガン通院しているので、請求書を作るのも間に合わないみたいで。

 6月3日、そういえば今日がジャンボ宝くじの最終日かとふと思い出し、「買わないと」とつぶやいたら。
 病院スタッフのおばさまが、

 「雨宮さん(私のこと)は当たらないわよ」と。

 え~なぜにですか~。

 「雨宮さんは、まだそんなに困ってないもの」

 「困ってますよ~」

 「いいえ、困ってません」

 そんなきっぱり言われても。そう言われると、そそそうなのかな。そそそうなのかも。なんて思ってしまうじゃないの~。

 いまだ無職なのに。

 まだ、何かが足りないのか。努力とか…? 気合とか…? 試練はまだまだ…?

 猫保護だけでなく、自分のことも。そして、家のことも。きちんとしないと。

 母が調子を落とすのも、たきが調子を落とすのも。私の気持ちが家からちょっと離れてしまっているから。

 気をつけないと。


 母に、宝くじはよっぽど困ってる人にしか当たらないんだってと言うと、「違う」と言った。お金に困っていなさそうな人が当たっているのを知っているという。

 そういやそうだよね、うん…。

 たぶん、宝くじとは別のところに私の日常はあるのかもしれない。

 でも…当たりたいな。

 そんなこんなで(?)、結局はジャンボを買いそびれてしまった…。

 煩悩とは、このことよ…。ああ、小さい。


 
by amemiyataki | 2011-06-10 01:39 | 日常

福島

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駅のホームに咲いていたスズラン



 震災以来、長距離ドライブが増えた。ETC付いてないのに…。それまで高速に乗るなんて2年に1回あるかないかくらいだったのに。

 本当に、生きていると何がどう起きるのかわからない。この不思議。

 いや。もしかしてどこかですべてが決まっているのかもしれない。でも、そんなことは知らなくていい。

 
 縁あって複数の里親さんと出会うまで、福島は新幹線で通り過ぎるくらいだったのに。

 今の季節、福島の自然は見てるこちらの胸がぎゅっと鷲づかみされるほど、生命力にあふれ、緑が青空に向かって勢いを増していた。

 どんな命も生きていること。この大地に根ざし、呼吸していること。それを謳歌していること。

 当たり前のことが当たり前ではなくなっている現実に身を置いていることが、何か他人事のように感じてしまう。震災以来。

 これは本当のことなのだろうか。

 福島のとある駅に降り、目的地までケータイナビを案内にゆっくりと歩いた。すると、町役場の広報が、本日の放射線量は…とアナウンスする。繰り返し。なんて不思議な。時おりすれ違う人の誰もマスクをしておらず、
エーグルのゴムブーツにマスクしている自分がなんだか申し訳ない気がした。

 お昼時、陽射しは高く空はどこまでも青く、町はどこか眠たげだ。のどかな風景。きっと都会の子が夏休みにおばあちゃんのいる田舎に行く。そんな「田舎」の風景だろう。自然と人の営みがうまく溶け合い、ゆったりとした風景。

 これは本当のことなのだ。

*****

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福島出身の猫を預かる。「おおちゃん(仮名)」



 仕事をしていたときの忙しさとは違う忙しさに、呆然としている。

 あまり考えない。何か「流れ」があるのだとしたら、流れに任せてみるのもいいだろう。けれど、自分をしっかりと持って。
 自分がボロボロだったりふらふらしながら関わったとしたら、それはよけいなおせっかいで迷惑なだけだと、先生に言われた。確かに。

 明日は5時発。母が夜更けだというのに、お弁当を作ってくれている…。ありがたい。そしてたきは、左腕にどっかり。

 ある日突然、日常が非日常になってしまうこと。喪ってしまうこと。絶望すること。

 いろんなことを考える。
by amemiyataki | 2011-05-26 23:18 | 日常

Memento mori (メメント・モリ…死を忘れない)

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小岩井農場(5月8日撮影)



 この前ドライブをしたのはいつだったか。と思うほど「非日常」が続いている毎日。
 日曜に行った雫石は、福島を思わせるのどかさと自然の美しさが、やけに悲しく映った。

 ある日突然、日常を喪ってしまうことの苦痛と悲しみ。

 最近は、取り残された動物たちのことでざわざわと落ち着かない。胸をわしづかみされたかのような…。

 ともすれば傾きがちになりそうな自分に、バランスを取り戻さなくてはと、とりあえず履歴書を書き、提出してみた。そして今日は映画「英国王のスピーチ」を観た。王妃役の女優は…「眺めのいい部屋」の少女だと気づき、あの映画を観たときと今の自分とずいぶん遠いところへ来てしまったなあとぼんやり思う。「ブラック・スワン」とどちらにしようか一瞬迷ったのだけど。今の自分的には「英国王…」のほうかなあと。

 頭の隅に気にかかることがあり、心の底から楽しむことはできなかったけれど。イギリス映画はやはり好きだ。俳優陣の顔立ちというかいでたちが醸し出す雰囲気と画面のほの暗さがいい。

*****

 朝日新聞に「カラマーゾフの兄弟」のことが書かれていた。
 卒論でこの作品を取り上げたのだけど、何をどう書いたかはまるで覚えておらず。ただ、十代の頃、この作品を読み終わった夜、「そうか! わかった!」と、人生のすべてがわかったような気になってなるほどそうかと、うなりながら部屋の中を歩き回ったことは覚えている。何がどうわかったのかは忘れてしまったけれど。
 あんなふうに、熱にうなされるように本を読むことはこの先あるのか。


生きているということは、死に近づくということにほかならない。
いかに生きるかとはすなわち、いかに死ぬかということ。
死を忘れるな。そして、善く生きろ。
著者のメッセージだ。


 当時は確かに、無神論者のイワンではなく、信仰心あついアリョーシャのほうに気持ちが向いた。

 今は? 

 どう死ぬかを思い、毎日を生きる人は少ないのではないか。「人生は素晴らしい」とぼんやりとは思うものの、突然、生を終えざるをえなかった人たちのこと、人間を信じて待ちながらも息絶えた動物たちのことを思うと、たまらない。
by amemiyataki | 2011-05-11 23:51 | 日常

やがて震災から2ヵ月…

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庭に咲いたチューリップ



 震災から、時間の流れ方が以前とはすっかり変わってしまった。

 多賀城市の叔母は無事で、いまだ避難所暮らし。叔父の手術は3月末に行い、今も入院中。手術前に叔母の無事がわかり、本当によかった。生きているのがわかったのは、震災から4日後のこと。それを聞き、いてもたってもいられなくなった叔父は、会社の車を借り、盛岡から多賀城市へ向かった。家は半壊。

 その日、プールで泳いでいたという叔母は地震後、帰宅。ミニチュアダックスのマイローを連れ出したところに津波が間近に。近所の人たち7人で駆け出し、たまたま玄関が開いていた家に入り、二階に駆け上がり、からくも難を逃れた。自衛隊が救出に来たのは翌日だったか翌々日のことだったか。替えの下着もなく、濡れた体のまま避難所にいる叔母のために、叔父は下着や衣服、食糧を車に積んで行った。向こうについてからしばらくしてもらった電話で、よその車が4台家に突っ込んでいる、半端じゃない…という叔父の声は涙でかすれていた。

*****

 あれほど忙しい忙しいと書いていた仕事を、4月1日、突然失った。震災のあおりで。フリーランスなので当然失業保険はなく。備えが万全かというとまったくそうではなく。自分の今の状況には、正直笑ってしまう。まったくの無職状態が1ヵ月以上続いている。

*****

 4月5日、ぜんちゃん永眠。保護猫でエイズキャリアの猫で、トリノ、グレさんの次に亡くなってしまった。全員が2006年保護の猫たち。ぜんちゃんは2004年か05年にTNRした猫だったが、ごはんをもらいに来る猫たちのうち最後まで通ってくれ、引っ越しに伴い保護したこだ。思えば、ずっと鼻炎の症状がありTNRのときもリンパが腫れてるといわれたっけ。
 寒がりで、鼻をずすずすさせていて。けれど機嫌は良く、甘えたで。ごんごん頭を押し付けてきて鼻汁が飛び散って。

 大好きだったぜんちゃん。1年前に亡くなったグレさんと同じ日に生を終えた。

 震災で、プチポンを支援してくださっていた陸前高田市の方が亡くなった。同じ町で、高校と大学の同級生も亡くなった。岩手県内陸部にある盛岡は停電くらいが不自由だったけれど、誰かしら会うと(私の印象では)3人に1人くらいは沿岸に知人や親族がいて、大変な話を耳にした。

 2万人を超える人が一度に命を落とすなんてことが起きるなんて。

 3月11日のその時は、仕事をしていた。7階の職場は経験したことがないほど揺れ、停電になった。大丈夫と思ったものの揺れは長く激しく、一瞬、ニュージーランド地震のことが思い出され、まずいかも…と思った。外に出ると信号は消え、大きな余震が何度もあった。目の前の小さなビルがぐらんぐらん横に大きく揺れていた。そのままいても仕方がないので帰宅。近くのスーパーは早くも閉店になっていて、普段は行かない小売店は停電でレジが使えないのにすべてのバーコードを手書きで控え、連絡先を聞かれ、代金は後でいいからと売ってくれた。ここで買ったカイロに助けられた。

 家の玄関を開けたとたん、酢飯のにおいがした。母がいなり寿司を作っていた。さすが戦争を体験した人は違うねえとちゃかしながら、その夜はローソクの明かりの下、いなり寿司を食べた。

 ラジオをつけっぱなしでその夜は眠り。といっても細切れな睡眠で。いつ頃だったか、仙台市若林区の海岸で遺体が200人以上…のニュースに「ええっ!」と声をあげ、起き上がった。友人が住む区だ(無事を知らせるメールが届いていたのだけれど、ケータイは電池切れで確認したのは翌日だった)。

 ありえないことが次々と起きていた。

 原発事故では、福島の里親さんが大変な思いをしていた。

 自分のことに気をとられて、そういえば東松島の里親さんは…はたと気づいたのは震災から1ヵ月が経っていた。固定電話しかないと思っていたのが、あらためて里親希望のフォームを見直したら…ケータイ番号がちゃんと書いてあった。どうしてこのときまでまったく気づかなかったのか。

 自分が逃げるのが精いっぱい。避難所に指定された小学校には入れず、とにかく遠くに逃げたいと誘導する人に言い、示された方向に車を走らせ文字どおり九死に一生を得た里親さん。入れなかった小学校の体育館にも津波は襲い、そこで亡くなった人も多数。
 先住猫くんとプチポンからもらっていただいた2匹は半壊した家から外に出てしまい、先住猫は捕まえることができたものの、2匹はつかまらず。電話をしたとき、里親さんはなんとか2匹をつかまえたいと避難先からフードと水を届けに通っているというときだった。

 空蝉さんや7くん、仙台の友人の協力により3回通って無事に保護することができたのは本当に幸運だった。その際、飼い主不明の猫も2匹保護した。

 沿岸被災地を初めて見たのは、東松島だった。壊滅というのはこのことかと、言葉がなかった。里親さんの家には、倒れた電柱をまたいで行かなくてはならず。06年秋にお届けに行ったときは風光明媚な松林が続くすてきなところだったのに…。

 そして、今週は福島に行き、猫1匹を連れ帰った。

 ようやく今、こうしてブログを更新する気になった。


 残りの人生、これからどうやって生きていこうか。プチポンの活動を続けていくためにも、震災後の支援をささやかながらもしていきたいと思うからには、やはり働かなくてはいけないわけで。

 途方もない無力感に襲われる。と書いても、そう落ち込んでもいられないわけで。ともするとバイトを2つくらい見つけてまた忙しくして…という考えにはまりそうなのだけど。

 たぶん、そういうことをしていく道と、そうではない道と。今はその分岐点にいるのかもしれない。

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ぜんちゃん



 できれば、何か少しでも社会に役立つことをしていきたい。
by amemiyataki | 2011-05-08 00:15 | 日常