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覚え書き――体は小宇宙――

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母の手 ちっさーい



 盲目のピアニスト、辻井伸行さんが話題。凱旋帰国後、国内初のコンサートが今度の土曜、岩手の北上市にあるさくらホールで開催されるという。岩手県人としてはなんだか嬉しい。でかした、さくらホール。チケットもコンテスト優勝の報の後、即完売となったという。聴いてみたいなあ。

 今朝の朝日新聞の天声人語。「あのね 子どものつぶやき」の紹介。声を出して笑ってしまった。おんなじ服を着ている双子ちゃんを見て、「どっちが本物?」と言ったり、ぬかみそにナスを漬け込む祖母に向かって「どうして隠すの?」。風呂上りのミニアイスをほおばって「おれの一日はこれで終わった(5歳)」。子どもってすごーい。

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大宇宙に対して、体は小宇宙(ミクロコスモス)といわれます。中医学では、臓腑を自然界の木・火・土・金・水の気が有形化したものであるとし、(略)怒りは肝を痛め、焦りは心を痛め、悩みは脾を痛め、悲しみは肺を痛め、恐れは腎を痛め、体内に悪しき循環を呼び、病を呼ぶなり。といわれるように、ポイポイと投げた激しい感情や抑圧した感情を、体は受け取ってくれています。悩み苦しみ、生きていることがつらいと思うときにも、いつか自分がこの瞬間を幸せと感じられるときがくるように、体は頑張って私たちを支えてくれています。


 自分の体に「ありがとう」を伝えること。目下の反省点は「食べすぎ」…。ダメダメ
by amemiyataki | 2009-06-11 12:08 | 日常

万物に陰陽があるように

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チャームポイントは「枝豆色の目」。茶毛によく映える



 県南と宮城北部の大地震から一年。地元新聞紙に、被災した家に残る猫たちのために餌やりに通う男性の写真が載っていた。仮設住宅へは猫たちを連れて行けず、かといって仮設住宅にいられる期限はあと一年。助成金を受けるには被災した家を取り壊すのが条件。しかし助成金で新築を建てるには足りず、59歳の自分にローンが組めるわけもなく…。読んでいて暗澹たる気分になった。こういった状況に一年以上、自分が置かれたとしたら…? 尻尾を嬉しそうに上げてごはんをねだるキジトラの猫の写真。

 先日の朝日新聞には、杉本彩さんのことが載っていた。ちょっとギラギラした感があったけど、ダンス、芸能活動以外に、野良猫の保護、里親探しも忘れない、というようなことが書いてあった。確かに、あのタレントは猫っぽいよなあと思いつつ、好感を持った。言ってることにブレがなく、芯がある。なにより、やっていることのバランスがとれている。

 アルフィーの坂崎さんの著書に(この人も本当に多才な人だ)ネコロジーがあるが、猫保護本として読み応えがある。

 坂本龍一さんにいわせると、最近のNYセレブたちの間ではレストランでミネラルウォーターを注文するのではなく、あえて「水道水を」と言うのが流行りなのだそうだ。
 そのへんの意義の詳しいことは忘れてしまったけれど、有名人が率先して営利目的とは別の何かを呼びかけ、それが常識的なことになること。例えば野良猫問題では餌をやる人にただ非難を集中させることとは別の解決法がきっとあることを率先し、それが流行りのムーブメントからひとつの常識になるといいなあ。人にも動物にもやさしい環境というのを真剣に考えてほしいなあ、実践してほしいなあえらい人たち。

 万物が陰と陽でできているように。人もそれぞれが「自分」と「自分以外」のものとの間にバランスをとれるように。自分を大事にしつつ、他者のために行動を起こすことができるように。自分も猫も家族も大事にしつつ。

 なんてことをつらつらと思ったりして。


 ホメオパシージャパンの会誌にお世話になってる獣医師の先生が載っていた。出会う人、動物たちそれぞれが自分にとってはレメディ(治癒の薬)であり、自分の中にある小さな芽を育ててくれた…というようなことが書かれていた。確かに、自分では自分の背中を見ることはできない。他者とかかわることで自分がどういう人間であるかに気づかされ、成長していく。今ある自分は、自分だけの成果ではなく、人とかかわり合ってこその自分であること。


自分のことは自分一人では絶対解決できない。これらの体験を通して私はこう確信しています。その代わり、人から私に発せられた言葉、助言、あるいは自分には関係ないような何気ない一言、それらを曇りのない素直な気持ちで聞くこと。周りのいろいろな出来事、それらをこだわりのない目で素直に見ること。それさえできれば、自分の中の何かがそれに自然に反応し、自分を思いもよらなかった方向へ、しかし必然の方向へと導いてくれるのだと思います。まさに、私の周りの全ての人、全ての動物、全ての出来事が、私にとってのレメディーなんだなあと感じます。

そして私は今、動物たちにレメディーを使えることが、とても幸せだと痛感しています。動物たちは言葉でコミュニケーションをとれません。だからこそなおさら、彼らの仕草、表情等を注意深く、こだわりのない目でみなければなりません。そうやって、彼らを揺り動かすレメディーを見つけられれば、本当に信じられないくらい生き生きと代わってくれるのです。その姿を通して動物たちは、生命の無限の可能性を見せてくれます。

人生はレメディーで満ちている


by amemiyataki | 2009-06-09 01:48 | 日常

どうやったってたかが人間

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小岩井の一本桜 (09年5月16日(土)撮影)



 桜が満開の連休にたどり着けなかったのが少々惜しくも悔しくもあり、改めて目指して行った。とうに桜は散り、こうして青葉繁るる…の一本桜の光景に、新たに菜の花の風景が加わった。これには驚いた。
 10年、いや少なくとも8年前はほとんど無名で知る人ぞ知るという隠れスポットだったはずだ、ここは。「き」さんに教えてもらって初めて知り、その場所に行き、感動した。立ち入り禁止の柵はあっても当時は駐車場もなにもなく…朝の連続テレビ小説「どんど晴れ」、映画「壬生義士伝」ですっかりメジャーになるや、かなり周辺も整備され、立て看板もでき、こうしていつの間にか菜の花までが加わった。景観を守り、大切にするのはいいことだけれど、あまりつくられすぎるのもなあ。なんにもない、だだっ広いところにぽつんと、一抹の寂寞感をまとって立つのが一本桜だよなあ。むしろ、周りは岩手の自然の厳しさを伝えたままでいてほしいかなあ。
 それでも、桜以外の楽しみ方もあるのだと知ったのは収穫だった。

 この場所に行く道を、新たに発見。残雪の岩手山、そこから広がる雄大な稜線に見惚れながら、ほとんど車とすれ違わずに道を駆け抜ける爽快感。好きだなあ。

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 「ぼくの妹」を、気づけば続けて見ている。キャストに特別興味があるわけではなかったけれど(強いて言うなら大滝秀治さん)。脚本(池端俊作さん)がいいのだ。2月に見た「お買い物」の前田司郎さんもすごいなあと思ったが、「ぼくの妹」も、タイトルから連想する「勝気でわがままな妹(長澤まさみ)に振り回されるボク(オダギリジョー)」的なほんわかさがどこにもなく、結末がどう転ぶのか、今からハラハラしている次第。九鬼(千原ジュニア)もせつないよなあ。しかし…なぜ、どうして? 大滝さんの年齢からいって、どう見ても九鬼は息子ではなく孫だろう…と突っ込んでしまった…。地方の優等生から医者になり、大学病院に勤め、優秀ぶりに上司からも妬まれる外科医という設定にオダジョーの髪型と服装に違和感ありあり…という突っ込みも…私だけではないよね?ね? 「いきものがかり」の歌もいい。

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 注文していたHB-101が届いた。以前、勧めてくださったFさん、ありがとうございます。無味無臭なのか、たきは飲み水に入っていることにまったく気づかず。よしよし。

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 日曜の朝日新聞を読んでいたら、久しぶりに稲葉賀恵さんの凛とした姿を紙面に見つけ、つい記事を読み込んだ。「追憶の風景 ガンジス川(インド)」という記事。

 1976年春、稲葉さんが初めてインドを旅したときのこと。「それはパンドラの箱を開けちゃったような体験だった」という。横尾忠則さん、藤原新也さんの本を読み、インドの神秘的なイメージに惹かれて旅を決め、1ヵ月、ニューデリーからカルカッタまで回った。最初は各室に1人ずつボーイがいる高級ホテルに泊まったものの、外に出たとたん、街の光景に稲葉さんは衝撃を受ける。「手足のない人たちが体を引きずるようにして物ごいしたり、果物を売ったりしている」。ところが、片腕の人が器用にパパイヤを切り、それにコショウをかけて差し出すのを恐る恐る食べてみたら…。

 「それがとってもおいしいの!」

 洋服を詰めてきたトランクを送り返し、稲葉さんはTシャツ2枚とスカートとジーンズだけで旅を続ける。高級ホテルから安宿に替えて。ガンジス川の沐浴も経験する。茶色く濁っている川の水も、コップに汲むと濁りがゆっくりと沈殿していく。「それを見て、あー、みんな土に帰るんだと思ったの。」

 雄大なヒマラヤの姿にも圧倒された。人間ってちっぽけな存在だなあと。人それぞれに大きな志があったり希望があったり、喜びも悲しみも背負っている。それは大事なことだけど、どうやったってたかが人間って、思ったの。


 日本の都会で暮らす忙しさ、喧噪とは対極のインドでの経験。70年代後半、「ビギ」「モガ」を立ち上げて猛烈に忙しくなる前にしたインドへの旅。人の生き死にに接し、大自然と対峙するというかけがえのない体験。そうしたことをしっかりと自分のものにし、さらに成長していく。

 「70年代から時代の先端を走り、モデルも務めたオーラは健在。洗練された生き方と作風の基層に、鮮烈な原色のインドが見え隠れした」と締めくくる筆者に共感。かっこいい。

 どうやったってたかが人間。それならせめて命が果てる時まで、じたばたしたっていいやね。
by amemiyataki | 2009-05-18 04:27 | 日常

星のかけら

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いただきもの 人も猫も重宝してます、ありがとうございます



 朝日新聞の家庭欄に週1連載の「かぞくの肖像」。犬や猫のペットを紹介するコーナーに、今週は科学作家・竹内薫さんの猫が登場。4匹いるうち、最年長のコタロウくんだけが撮影に応じてくれたそう。曰く、


 昨年、実家の「主」だったメスネコのカロアが18歳で大往生しました。私は、カロアは「星のかけら」になったんだと思っています。私たちの体を構成する原子は、元々は宇宙のどこかで起きた超新星爆発によって生み出されたもの。星から生まれた原子は、星に帰るのです。
 そういう意味では、動物の命も人間の命も尊さは同じ。でも、動物をまるでもののように考える人が多いことに、心が痛みます。実はゾロリンもひどい環境で飼われていたところを助けられ、我が家にやってきました。今日もどこかで動物たちが「殺処分」されています。そんな現実を直視し、どうすればいいか、もっと考えていかなければならないと思います。


 星のかけら。

 2月20日の大雪の日は、モリの二回目の月命日だった。星のかけらになったモリの命が、休息の後にいつかふたたび再生し、幸福の輪に入ることができますように。
 どんな命も、宇宙とつながっている。オリオン、シリウス…冬の夜空は、澄んだ大気に星が冴えざえとして見ていて気持ちいい。ふと、お気に入りパワーストーンのラブラドライトを思う。誰がつきとめたかは知らないけれど、「遠いシリウスからの情報」を秘めているという石。ほんまかいなと思いつつ、ころころ変わる不思議な輝き(ラブラドレッセンス)が気に入っている。人も動物も植物も鉱物も。みんなつながっている。

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 今期のドラマはほとんど見損なっている。なぜか「メイちゃんの執事」が時間的に合い、そればかり見ている。しょーもないなあ、ありえないっつーのと思いつつ、少女漫画の王道に妙にはまる。つい、1・2巻を購入…。作者も息が長いなあ。作風が少し変わったけれど、そうブレていない。

 単発ドラマでは渡辺美佐子、久米明の「お買い物」が最高によかった。この話はまた後で。
by amemiyataki | 2009-02-27 12:21 | 日常

メッセージ

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ヴァンサン♂ 寺出身 里親募集中



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ヴァンサン♂ お問い合わせはこちらから



 村上春樹さんのエルサレム賞受賞スピーチを読みたかったので、全文採録という週刊朝日購入。

 ちょうど先日、NHKの「その時歴史が動いた」で、アメリカによる水爆実験により被曝した第五福竜丸のこと、被曝マグロや放射能の雨に危機感をいだいた主婦たちによる署名運動のことが放映されていた。署名をお願いする主婦たちに向かって、ある人が「署名したところで何になる」と否定的なことを言う。それに対して、「何も言わないということ、沈黙しているということは賛成するのと同じなのです」と、主婦が答える。庶民の声は3000万人の署名というかたちになり、やがて国を動かすことになる…。

 村上さんがイスラエルに行き、受賞するのを阻む人たちもいたという。不買運動をしますよ、というプレッシャーもあったとか。

 生きている私たちは何がしか、他者に対して「メッセージ」、伝えたいことを抱えていると思う。それは人によりさまざまだけど、根底には「私はここにいるよ」「私はここで生きているよ」という、シンプルなメッセージではないか。
 ちまちまとブログを書いているのも、自分以外の人に伝えたいことがあるわけで。自分のために書いていることに変わりはないけど、メッセージを発するって大事なことだと思う。沈黙よりも。

 

以下、全文転載。
by amemiyataki | 2009-02-25 13:08 | 日常

一粒の麦

 モリがいないこの世界は、少し色あせて見える…。

 お悔やみのメール、ありがとうございます。プチポン一同、心より感謝いたします。


 「モリちゃんの頑張りは『一粒の麦』のように、きっといろんなところで実を結んで、どんどん増えていくと思います」

 一粒の麦、という言葉がなんとなく、小さなモリに似合うなあと思った。これまで出会い、別れを告げた猫たちは、思えばみんな、一粒の麦たちだったように思う。私にとって。聖書の教えは不勉強ゆえよくわからないけれど。私の中で、出会った猫たちの命は一粒の麦。私の中で芽を吹き、やがては実を結び…。たみおも、こっこちゃんも、ジルも、のりちゃんも、マッチョンやキョンちゃんも…みんな、関わらせてくれて本当にありがとう。そしてプチポン保護猫たちも、一粒の麦たち。そう考えることがいいのか正しいのかよくわからないけれど。命の大切さ、はかなさ、強さと弱さ、慈しむこと、悼むこと…さまざまな感情をもたらしてくれる。

 そして、一粒の麦がもたらす恵みのひとつが、ドットちゃんのこれから、なのかもしれない。
 
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ドットちゃん、生まれて初めての爪きり



 外にいるときは目つき悪いぶさちゃんだなあ…などと思っていたが、こんなにかわいらしい子だったなんて。先生にリリースせずにすみそうですと伝えたら、「あらいがった 凄い甘えて不憫でがんしたよ」と返信があった。病院スタッフ一同、喜んでくれた。

 外で、野良として生きるしかない猫もたくさんいる。けれど、少しでも家猫になれるように。

 河原猫のトラ地蔵さまの命もまた、一粒の麦。

 悲しいときはこらえずに、きちんと涙を流して悼むように。そしてきちんと別れができるように。しばらくはモリのことで涙する日が続きそうだ。

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 カンパご支援ありがとうございますのコーナーを更新しました。ミケしゃっぽさま、ありがとうございます。
by amemiyataki | 2008-12-24 02:26 | 日常

go on, もしくはkeep on and more...

 カンパご支援ありがとうございましたのコーナーを更新しました。クリさん、ありがとうございます。
 クリスマスカードのご注文もありがとうございます。お振込みいただいた方々への発送は明日以降になります。遅れていて申し訳ありません。

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 一時預かりのお願いをしていた茶白の「こはく」は友人の実家に預かってもらい、元の飼い主を探していました。飼い主は見つかりましたが、飼育放棄であることがわかりました。放し飼いをしていたこと。こはくは今夏、5匹の子猫を出産。3匹はもらい手が見つかり、2匹は手元に置くことにした。時期が来てこはくを不妊手術したが、こはくが子猫をいやがるようになり、次第に「外」にいる時間のほうが長くなり、やがていなくなってしまった。周囲の猫を飼っている友人らに相談したところ、「子猫を手元に置くと母猫はいなくなる」と言われ、こはくは「旅に出た」ものと思った。また、近所で黄色の毛皮の動物が車に轢かれていたという情報があり、てっきりそれがこはくと思っていた。こはくが帰ってきたところで、3匹育てる自信がない。それがこはくにとって幸せなのかどうか…。今、預かってくれてる方たちがかわいがってくれているなら、このままもらってはくれないか。

 以上を友人に報告。こはくを里親募集に切り替えるつもりだということも伝え。ご実家で家族会議を開いたそうだ。「要は子猫のほうがかわいぐなったんだべ」
 こはくは結局、改めて新しく名前をつけてもらったそのうちの猫に晴れてなった。ありがとうございます。言葉では言い尽くせないお詫びと感謝をこめて。

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 モリは神経麻痺を克服したかと思ったら、さらなる次の試練。腎疾患をケアする日々となった。不憫でならない。けれど、「今」を生きるモリを応援したい。

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 少し前の話になるが、俳優の緒形拳さんが亡くなったとき、子息の幹太、直人の兄弟がテレビの追悼番組に出て、亡き父のことを語っていた。
 次男の直人に遅れて俳優デビューを果たした長男の幹太氏に、父の拳氏がスペインからハガキを送ってきたという。そこには「始めたら、続けなさい」という意味のスペイン語が書かれていたそうだ。

 始めたら、続けること。

 その言葉の深さを今、あらためて思うと幹太氏。


 先日の「情熱大陸」で、SMAPの中居ちゃんをフォーカスオンしていた。「私は貝になりたい」の宣伝も兼ねた時期のオンエアでもあったろうが、20年、SMAPを続けている中居ちゃんは…すばらしいエンタテイナーになったなあと感慨深かった。不安定な騒がしさばかりが目立った十代の「夢がモリモリ」から、ずいぶん遠くまで来たなあ、すごいなあと。まじめな人だ。続けてきたことが自信となり、自分を支えている。少しだけ流した今年のツアーの様子も、円熟味を増したようだ。いつかまた行ってみたい。いつかね。



 始めたら、続けること。



 木曜、ブロンテ一家のドットちゃんを捕まえ、金曜不妊手術。てっきり男の子だとばかり思っていたのが、女子だった。よかった。
 手術時期はけっこう迷った。少しでも「無責任な餌やり」から抜けるように。このままでは来春にはあの場所に子猫が生まれてしまう。早いと発情は1月? 体重2キロ以上なら手術可能と先生がいい、年内に少しがんばろうと自分を鼓舞し。
 病院で改めて見たドットちゃんはミレーユ系の、かわいい白黒猫だった。本当にかわいい。体重3.6キロ。意外に体重があることに驚くとともに安堵。つまり、自分以外にも餌やりはやはりいるのだろう。ウイルスはエイズ白血病ともに陰性。回虫持ち。ノミのふんが被毛にあり、プチポンで養生を…というのは断念。折しも氷点下とこの数日の盛岡の朝晩の冷え込みは厳しい。

 本当に厳しい。

 余裕があるなら、このまま保護。だが、どう考えても無理だ。長期里親募集になるであろう猫が増えるだけだ。ごめん、ドットちゃん。本当にごめん。


 何をやっているのだろうと、思うことがけっこうある。けれど、考えても仕方がない。某登山家が「そこに山があるから」と答えたように、「そこに野良がいるから」。ただ、それだけた。(だからといって、野良ならなんでも…というのとは違う。)今日、たまたま猫友さんと話していてそんな台詞が自分の口から出たことに心の中で笑い、けれどそうだよなあと思った。正しいとか正しくないとか。価値観がどうのこうのとか。そういったことはよくわからない。こはくの元の飼い主が言ったことも理解できない。理解できない自分のほうがおかしくて、彼女の言い分のほうが世間一般的な、スタンダードな考えなのか。

 考えても仕方がない。

 始めたら、続けること。

 続けることの難しさ、怖さを痛感しつつも。go on, 自分。けれど悲壮感を決してまとわずに。笑い飛ばすくらい、頭のネジが1本くらいはずれていてもいいのかもしれない。けれど、自分と家族を大切にすることを忘れずに。自分が健康で明るく元気でなければ。感謝すること。働くこと。社会人の務めを果たすこと。そうしてからの and more であること。

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【里親募集中!】

岩手県発 白黒長毛のチロリンちゃん♀

千葉県発 犬の「ゆき」ちゃん♀

岩手県発 マッシュ一家とリン一家

北海道発 うさぎのような短尻尾 白猫チロルくん♂

千葉県発 茶白の半長毛 グレースさま♀

岩手発 キジトラ男の子「栗」

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【行方不明の猫を捜しています】

隻眼の光くんを捜しています石川県金沢市


【こちらも里親募集中!】


プチポン逗留中、ヒゲゾウ氏の古巣のSOSです
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【プチポンショッピングのお知らせ】

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プチポンもりおかでは里親募集中の猫がたくさんいます。
お問い合わせはこちらから。

 以上、どうぞよろしくお願いいたします。

 
by amemiyataki | 2008-12-15 01:25 | 日常

勤労と納税

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11月21日のモリ(体重1.55キロ) 鍼灸施術中



 2日パソコンを開かないでいたら、メールが546通たまっていた…おそるべし。8割近くがジャンクメール。プロバイダによってはサーバでフィルターにかけてふるい落としてくれるのだけど、hi-hoは〔meiwaku〕と件名に迷惑メールを知らせたまま、送り届けてくれる。これが多いのだまったく。

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 金曜の「武田鉄也の今朝の三枚下ろし」(前のエントリの続きを覚え書きとして)。妻子を殺され生きる目的も文字どおり失った本村さんは絶望から自死を何度も考える。それを押しとどめようとする鬼刑事が、ある日、本村さんに「この人とぜひ話をしてほしい」と、電話である人物を紹介する。電話に出たのは…愛息を無残に殺されながら、少年犯罪の名の下に犯人が再び社会に出てしまったという無念をかかえる神戸のはせさんという人物。少年犯罪史上、決して忘れることができない、忘れてはいけないあの事件の被害者の遺族。
 はせさんの無念を受け、本村さんは裁判で争う決意を固める。そして、裁判で闘うためにと、会社に辞表を提出する。が…。上司の工場長が、辞めることを認めようとしない。曰く。

 君には社会人として、裁判で闘ってほしい。社会人とは労働し、納税する人のことだ。社会人でない人間が何を訴えたところで、それは負け犬の遠吠えでしかない。

 社会人として会社勤めを続けながら裁判で闘い、かつ、社会人としてのつとめである納税を果たす。

 うーん。こうして書くとなんだかもったりした感じになってしまうけれど、熱い武田節を聞きながら、「うん、そうだよねっ!」と思った。地方にこうしたまっとうなことをいえる一工場長がいる。これは日本の宝ですよ、と金八先生は熱く語り、聞くこちらはうんうんとうなずく。こういう地に足をつけた一市民がいることを行政は、国はおろそかにせず、きちんと国政を行ってほしい。己の私利私欲におぼれることなく。なんて、すっかり金八モード…。おまけに、私なら、勤労と納税に「奉仕」を付け加えるかなあなんてぼんやり思った。
 ボランティアとかそういうのは口幅ったいし拳をふりかざして叫ぶことではないのだけれど。誰かのために、何かのために、社会のために、自分が少しは役立っているのではないかというつながりを持つこと。それって大切なことではないかと思った。
 なんてことを考えながら病院に着き、「先生、今朝の三枚下ろし聞きました?」と聞くと、「いいこと言ってましたねー、労働と納税」。

 そして「なぜ君は絶望と闘えたのか」は、来週も続くそうだ。
by amemiyataki | 2008-11-22 13:52 | 日常

ウェルカム、カムカム鍋

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いぃくん♂ 里親募集中! 募集記事はこちら



 水まんじゅうについていた紫色のひもに、猫たち、興奮。特にちー。「にゃーっ(遊ぶでつ!)」とすぐ側までやってきて催促光線を発するのは…本当に何日ぶりのことだろう。その後、しっこ粗相は一度もない。

 先週土曜は久々に完全オフ。一日、母の下僕となる…(お中元の発送とか)。そして、念願のカムカム鍋購入。
 花巻にあるマクロビオティックの店Sobe's Cafeでいただく玄米食に感動し、こちらではカムカム鍋を使っていると教わり。しかし、大丈夫だろうか…など悩んで半年余。いや~買ってよかった。玄米のふっくらとしていることといったら。冷めても美味しい。しばらくわが家のマイブームとなりそう。これでようやく、玄米食がわが家で標準食となるか。

 Sobe's Cafeのシェフ(二人目)は、実はフランス料理に20年近く身を置いていた人なのだそう。オテル・ドゥ・ミクニにもいたというシェフがマクロビに目覚め、心と体が喜ぶ料理を提供してくれる。いや~、岩手に住んでて本当によかった、と思った出会いに感激。
 なんということはないのだけれど、レタスに良質のオリーブオイルを回しかけ、ちりっと岩塩を散らしただけのサラダのなんとおいしいこと。


 最近、夏野菜がおいしい。産直で買うトマト、とうもろこし。とうもろこしの簡単なゆで方を覚えたので覚え書き。

・皮を全部取る(選び方のポイントは、ひげがたくさんあること)
・全体を水で洗う
・水気を残したまま、ラップで包む(あまりきつくしない)
・電子レンジで5分

 これだけで、実においしいゆでとうもろこしの出来上がり。ハマっている。

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 以下、8月2日(土)付 朝日新聞 家庭欄より。三谷幸喜さんの「ありふれた生活」より抜粋。10年以上、ともに暮らした猫の「おとっつあん」が夏の朝、逝ったときのこと。

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 数カ月前に病状が悪化、一瞬もう駄目かと思った時期があった。それから奇跡的に元気になり、一時はテーブルに飛び乗るほど回復したが、体は徐々に衰弱していった。
 十七歳。人間で言えば八十四歳。大往生である。やせ細ってはいたものの、前の日の夜まで、元気に走り回っていた。晩年はボケが進み、目も耳も不自由になっていたが、食欲だけは旺盛で、一日中お腹を空かせていた。満腹中枢がいかれてしまったのか、食べても食べても「何かくれ、何かくれ」と催促してきた。深夜のキッチンで、冷蔵庫をじっと睨みつける姿を何度も見かけた。そのくせ、体はガリガリ。しかもある時期から、好きな場所で排泄をするようになった。まるで長生きしたご褒美に神様から免罪符を与えられたかのように、おとっつあんは、自由にうんちをしてまわった。
 数年前までは七キロ近くまで太っていたのが、最近は二キロちょとしかなかった。それはもう僕らの知っているおとっつあんではなかったし、既に猫ですらなく、別の生き物のようだった。まるで肉体は既に滅んでいるのに、食欲だけが生き続けている、そんな凄みさえ感じさせた。そして最後は大好きなキッチンで息絶えた。
 この十三年、増えるばかりであった僕の家族にとっての、それは、初めての別れ。
 

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 猫友達が保護する、子猫たちの里親募集です。どうぞよろしくお願いします。


北海道発 シャムMIXのリクオくん♂

千葉県発 茶白の「いぃ」くん♂ さびの「さむ」ちゃん♀ 三毛の「さぁ」ちゃん♀きょうだい

北海道発 茶トラの大吉くん♂



(子猫ではありませんが)ヒゲゾウ氏の古巣のSOSです
バナーをクリックしてぜひご覧ください


by amemiyataki | 2008-08-05 02:49 | 日常

地域猫のつくり方 など

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わが家のさわれない猫 ちー♀ 5歳



 日曜、偶然にもNHKの「ご近所の底力」を見る。日曜午前の時間帯に番組が移ったのね。
 以前、何度か特集していた、今回も「猫問題」。
 スタジオに猫嫌いの住民(多数)、猫好き(餌やり代表3人)、オブザーバー(司会者、和田アキ子…この人は動物嫌い)が集い、猫嫌いと猫好きとの間でバトルが繰り広げられる。

 こうしたことは感情が先に立ってしまって、聞いているこちらも「こりゃ、まとまらないわ…」と思う。どちらも気持ちが先走ってしまって、平行線。
 そこへ、「地域猫のすすめ~ノラ猫と上手につきあう方法」の著作もあり、地域猫を提案した獣医師で保健所勤務の黒沢さんらが登場し、横浜市西区など地域猫を町ぐるみで取り組んでいるモデルケースも紹介し…。
 話し合いには猫好き、猫嫌いのほかに、「中間派」も巻き込むことで冷静に物事を見極められる、という話になるほど~と思った。そして、いちばんの苦情の原因、猫の糞尿対策では、「猫トイレ」を設置して成功しているとのこと。場所だけなら提供できる、始末は喜んでします(餌やりの人たち)など、自分のできる範囲で解決に向かおう、という流れだった。

 飼っている鳥を野良猫にやられ、何を言っても「イヤだ」「やりたくない」「イヤだ」の一点張りだった猫嫌いのご婦人が、最後には「(こういう解決策があることを)知らなかった」と言い、何もしないのは解決にならないから、と、地域猫への第一歩を踏み出した日の集まりに参加したのはよかったな。


 わが家の庭も猫のトイレと化している部分がある。猫よけのトゲトゲマットも敷いているが、功を奏しているとは言いがたい。
 問題は、近所の飼い猫がうちの庭で用を足しているということ。自宅に猫トイレはないのか。

 ほかの人の話だけれど。「だって家にトイレがあると臭くてイヤじゃない」と言い、放し飼いして、飼い猫の用はよその家の庭でしていることを承知で知らんふりしている人がいる。意外に多い。飼い主のモラルの欠如。自分さえよければ他人の被害はどうだっていい。

 唐猫と珍重され、紐でつながれて飼われていた猫が、生類哀れみの令により爆発的に繁殖してしまったこと。さらに、ペストが流行しそうなとき、明治政府が「一家に一匹」猫を飼うようにと触れ回り、猫が増えたこと。いつの時代も、要は人間の都合がまかり通っていること…。

 猫が悪いのではない。「人に迷惑をかけない」というごく当たり前のルールをおろそかにしてしまう人間が悪いのだ。

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 月曜。バイト先に久しぶりにCさんが来た。いい人なのだけれど、いわゆる昔の飼い方をしている、半端な餌やりでこちらも何度か振り回された。何かあったのかなと思ったら、いちばんかわいがっていた猫がとうとう死んでしまった…と、力なく言った。人間でいえば70を越えていて。口内炎がひどくてダメかもと思っていたけれど。
 Cさんは何度もため息をつきながらしょんぼりとして帰っていった。


 大切に思っていた猫との別れは、いずれ訪れるであろうとわかっていても、実際にそれが訪れたとき、気持ちの行き場を失い、惑う。

 何度も紹介してきて恐縮だけど、あらためて、先生からもらった言葉を記したい。先生はいわば私にとってはメンターなんだなあ。

・プチポン友のサヴァさんの愛猫、みいみちゃんが亡くなったときのこと

死に至る過程というのは 私は誕生に至る過程とまったく同じだと思っています
死とは向こうの世界への誕生である という意味でなんの苦労も苦しみもなく 
あっさりと 静かに死んで行く子もいれば
何時間も何日間も何ヶ月間も まるで産道の中に引っかかった胎児のように苦しみもがき 
その苦しみが尽きたかのようにして ようやく向こうへ旅立つ子もいます

でも どのような形の死であっても ひとつ残らず 
それは向こうの世界への誕生を意味するのであって
生まれる形が 安産であれ難産であれ 
この世への誕生には必ず喜びがあふれるように
どんな形の死であれ ひとつ残らず
実は 祝福されるべきものなのだと 私は思っています 

みいみちゃんは ちょっと難産でした
でも サヴァさんの助産のおかげで ようやく 
今無事に 向こうに生まれ出ることが出来ました
悲しむことは当然ですが 
どうか悔やんだり後悔などなさらないように と お伝えください


・たみおが亡くなったときのこと

病院に連れてこられる子達は皆実は 偶然に来るはずが無く絶対に縁があると思ってます

その子が現世で与えられた課題としての病気に 一緒に取り組んで 難題をこなし一つでも高く成長して 次のステージに行けるように 手を貸してあげることが それこそ私に与えられた課題なんだと思ってます

たみちゃんはその意味で ほんとに一緒に頑張ってくれたし ほんとにいろんな事を 最後の瞬間まで教えてくれました

課題をこなすよう 動物達に手を貸してもらってるのは 実は私の方なんだなということも。

死は通過点であり 彼等の命は続いています 今回ケアを受けたことが 必ずたみちゃんの今後の命の恵みになっているはずです そんな縁をまた今回も繋いで下さって 本当にありがとうございました


・白猫オッドアイのキョンちゃんが亡くなったときのこと
 人馴れいまひとつのキョンちゃんがアクシデントから脱走。40日後に保護したものの3日後、永眠。外での暮らしは想像を越えるほどキョンちゃんには苛酷だった。極度の脱水、貧血状態で急逝。文字どおりとるものもとりあえず駆けつけたのだけれど、保護直後にのませたかった脱水に効くレメディだけが、なぜかケースの中に入っていなかったという皮肉。そして、里親のTさんの哀しみを思うと本当にやりきれなかった。そんなときにもらった言葉。

太陽を力ずくで西から昇らせることは出来ないように
人知の及ばない流れに対し、私がなんとかしていればと、
後悔しすぎるのも天に対して不遜になる場合もありますね。

亡くなった命を悼みつつ自然の流れを後悔せず受け入れる。
そんなバランスを取るのは大変ですが、生きる上で絶対必要であり、
やらなければいけない事です。


 此岸に残る者は彼岸に逝く者に対して、なかなか執着を断ち切れない。それでも、毎日は続いていく。


悲しみが寂しさに変わり、寂しさが懐かしさに変わる
人はそうやって悲しい別れを乗り越えていく
阪神大震災の時に教えられた言葉です。


 関西の方に教えられたこの言葉も、大きな支えになる。
by amemiyataki | 2008-06-03 00:55 | 日常