タグ:猫 その他 ( 19 ) タグの人気記事

花の記憶

a0099350_1592165.jpg


春先に咲く花の色は、黄色が多いように思う。


a0099350_1593967.jpg


ミツマタ

オレンジのミツマタが咲く家には、茶トラの猫がいた。

いまだ見つからず、母屋は瓦の屋根が崩れ落ち、床が抜け、朽ちてしまった。




a0099350_1595425.jpg


椿を生垣にしている家は多い。



a0099350_201512.jpg


乙女椿

この家には2年間、主の留守を守るように、サビ柄の猫がいた。

無事に保護。シェルターにゃんこはうすで一年近く暮らし、飼い主さんに迎えにきてもらい、今は新しい家で暮らしている。


a0099350_203127.jpg


アカバナユキヤナギ

どこの家の庭も広く、春にはたくさんの花が咲き、秋には木々の枝にたわわな実をつける。

けれど、季節の移り変わりを見届ける家の住人は、いまだ避難したまま。


a0099350_21352.jpg


ハクモクレン

この花が咲く庭で保護した白猫は、飼い主はとうとうわからなかったけれど

新しい家族のもとへと巣立っていった。

この家の隣に住む猫は、いまだ見つからないまま。


a0099350_212370.jpg


木瓜(ボケ)

見事なボケの木がある家では、首輪がたすき掛けになった猫を保護できた。

けれど、その家にいた猫は、やはり見つかっていない。

どこに行ってしまったのか。





a0099350_214260.jpg


たくさんの小さな命が消えてしまった。

どこへ?


花だけが知っている、小さな命の行く末を。


(写真はすべて福島県浜通りで撮影)

by amemiyataki | 2015-04-05 02:26 | 日常

初夏を思わせる暑さのなか

a0099350_2244496.jpg



福島県双葉郡浪江町請戸(うけど)の慰霊碑。

町の有志で建てた、慰霊碑。

慰霊碑の左側が海。


慰霊碑の奥、道路をまっすぐ行った先に、通称“いちえふ”がある。


この道の先で昨春保護した「ハニー」という猫が4月末に亡くなった。

保護した時も状態はあまりよくなく、ずっと低空飛行のままだったけれど。

それでも、誰に知られることなく果てずに、にゃんこはうすでルームメイトの猫に見守られ、
スタッフの手厚いケアを受けて、看取ってもらえたことが、本当によかったと思う。

少なくとも、にゃんこはうすにいる間は食べるものに困ることなく、食べることができた。

できれば調子が戻って、もう少し長く生きてくれてもよかったと思うのだけれど。



週末、にゃんこはうすに来たらハニーの姿はなく、荼毘にふされた後の骨壺があった。

山に咲くヤマブキでハニーを飾ったという。


小さな弔いの名残で、かすみ草が花瓶に挿してあった。


この大型連休、旧警戒区域で日中人が入れるところはけっこうな人で活気がある。

“被災地観光”という言葉もあるくらいだから、観光で訪れる人もいるのだろう。


忘れられるのは嫌だけれど……観光というのはやはり違うだろう。

多くの人が命を落としているのだから。

かといって、“ダークツーリズム”というのも嫌だ。


初夏を思わせる暑さのなか、いつものように淡々と給餌し、捕獲器を掛け。

そんな自分は何者だろうとふと思ったりもしたけれど。


5月5日で、福島の被災地に通ってまる3年になる。
by amemiyataki | 2014-05-03 23:02 | 日常

3年という月日

a0099350_3584142.jpg


一見、ただの白鳥の写真に見えるのだけれど……。2014年2月撮影。


a0099350_359763.jpg



冠水した道路に、渡り鳥の白鳥たち。



a0099350_421684.jpg


2013年6月撮影時の、同じ場所。


福島県南相馬市小高区浦尻。


震災で防潮堤は決壊。地盤沈下もあるだろう。

ずっと。2年近く冠水したまま。


ポンプの排水装置も使って、やっと道路の全貌が見えたと思ったのもつかの間で。


大雨が降るとたちまち、冠水。


この時は、大雪がとけて冠水。


a0099350_465528.jpg



なんとも、不思議な光景。


ここは、震災から1年後に警戒区域が解かれて日中の立ち入りは認められたものの、人はいまだに住むことができない。


人よりも、遥かに多い野鳥の群れ。


3年経つのに。




a0099350_48282.jpg


同じ南相馬市小高区浦尻。2012年3月11日撮影。


a0099350_495298.jpg


同じ場所を2013年3月17日撮影。



3年という月日は短いのか。長いのか。

3年で人生は変わる、なんてCMがあるけれど。


たった一瞬で、人生は変わる。

3年経っても、もとに戻れない人生がいくつもある。




「ふるさとの象徴が除染ごみの下に埋まるのは耐えられない」


東京電力福島第一原子力発電所のある福島県双葉群大熊町の郷土史研究家がそう語っている新聞記事を読んだ。

中間貯蔵施設の候補地に、故郷のよりどころともいえる海渡(みわたり)神社が入ってしまったことに深い絶望を味わっていた。

その神社から西の方角に、日隠山(ひがくれやま)という山があるのだそうだ。

春分と秋分の1年に2回だけ、神社から日隠山を見ると、ちょうど太陽が山の頂から沈む様子が見えるのだという。

そんなふうに、先人が自然を尊び、大切にしてきた故郷を。


地続きの同じ国で、耐えがたい絶望と悲しみにある人がたくさんいることを。

忘れていいはずがない。3年経ったからといって。


なぜ、直すことができないものを人は作り続けるのか。

わからない。


私が見るこうした福島の風景は、すべて震災後のもので。


震災前の、のどかな風景をいつか見たいと焦がれるように思うのだけれど。


どうして? と、いつも答えのない現実を見て、立ち尽くす。
by amemiyataki | 2014-04-19 04:25 | 日常

募集しています

a0099350_4155717.jpg


福島県南相馬市にある被災猫のためのシェルターにゃんこはうすでは、現在、猫のお世話をしてくださるスタッフを募集しています。

短期でも、中期でも、長期でも。

乳飲み子の子猫、子猫、保護猫の預かりさん、里親さんも募集しています。

お問い合わせは nyankohouse2011@yahoo.co.jp まで。


そのほか、レスキュー時の給餌用キャットフードをはじめ必要な物資も常時募集しています。

アマゾンのほしいものリストを参考にお寄せいただけたらとてもありがたいです。


震災から2年6ヵ月経っても。

人が住めなくなった町に取り残されたペットはまだ数多くいます。

あきらめず、再び会いたいと願う飼い主さんはたくさんいます。

一匹でも多く、飼い主さんが捜している猫を保護したい。

細々と命の灯をともし続ける彼らを連れ出したい。

そんな思いでレスキューを続けているねこさま王国のシェルターです。

どんな状況でも希望はある。

そんな思いで私も参加しています。

どうかご協力いただけたらありがたいです。

よろしくお願いします。



画像はプチポンもりおかで保護しているサンクロウ。

被災猫ではありませんが、この子も行き場がなく外で苦労していた子です。

一度、縁組成立しましたが、里親さんの事情でプチポンに戻ってきました。

再募集のサンクロウもどうぞよろしくお願いします。


a0099350_432596.jpg

by amemiyataki | 2013-09-21 04:31 | 日常

九州 福岡でにゃんこはうす写真展プレオープン開催中

a0099350_162158.jpg


昨年10月撮影 福島




 ものすごく更新が滞っていて、気づくと新しい年になって早や半月…。

 年末年始は風邪引きながらカレンダー作成販売で過ぎていき、年賀状も印刷はしたものの1枚も出しておらず…。

 どこかで軌道修正しなくてはと思いながらも、結局私はこんなものだと思ったり。

 まあ、旧元日とか2月の節分立春とか、節目はまだあるので、気持ちがまだ2012年のままというのも許されるのかしら…。


 とにかく、社会的活動(仕事)はしているのと、相変わらず福島レスキューには行っているのと。元気かどうかは正直よくわからないけれど、体調はそう悪くなく。

 睡眠時間は充分とっているので(削ってまでこんを詰めるというのはできない性分)。


 新しい年というのがまだピンとこないし、2011年3月から時間の進み方がとてもイレギュラーになってきているので、どうしたものかと思いつつ。

 なるようにしかならないと思いつつ、自暴自棄にならず生かされているこの奇跡に感謝しつつ少しずつ。

 励まされ、応援していただき、忘れられずにいること。本当にありがとうございます。


 2013年カレンダーは プチポンショッピングで販売しています。

 今回はプチポンもりおかのカレンダー(壁掛け・卓上)と、にゃんこはうすのカレンダー(壁掛け・卓上)の計4タイプを販売中。

 プチポンカレンダーご購入→収益はプチポンもりおかで保護する猫のケア費、福島ペットレスキュー費に充てられます。

 にゃんこはうすカレンダーご購入→収益はにゃんこはうすで保護する猫のケア費、ねこさま王国レスキュー班の活動費、フード代に充てられます。


 手にとっていただいた方からはご好評をいただいています。使いやすい実用的な面と、ていねいな保護猫たちの紹介が気に入っていただけているようで、嬉しいです。頑張りました。


*****

2月2日(土)・3日(日)、九州は福岡の「イオンモール福津」でにゃんこはうす写真展が開催されます。

それに先立ち、1月20日(日)まで、プレオープンとチャリティーバザーを開催中。

場所:工房 流木人(福岡県糟屋郡新宮町原上1517-5) 詳しくはこちら


発起人の方たちによるブログは こちら


震災から時間が経って。2011年3月に起きたことが「おととしのこと」とか、「もうすぐ2年」とか言われるようになってきましたが。

取り残された犬や猫たちはまだ、生きているので。

彼らの姿を見ているので。

自分にできることのひとつとして、まだ取り組みたいのです。

応援とお力添えをいただけたらとても心強いです。


どうぞよろしくお願いいたします。
by amemiyataki | 2013-01-17 16:40 | 日常

にゃんこはうす写真展開催 3月28日(水)~4月1日(日)

a0099350_2122472.jpg



 いよいよ明日から、東京銀座のギャラリーで、「にゃんこはうす写真展~救いたい命、待っている命。」が開催されます。ぜひ足を運んで応援よろしくお願いいたします。

 詳しくは→にゃんこはうす

      →本日のにゃんこ2



 本当に。本当に、連れ出したい命があるのです。あの苛酷な場所から。

 待っている命がまだたくさんあるのです。

 まだ、何も終わってはいないのです。

 あきらめたくないのです。


a0099350_21122197.jpg


このコは連れ出せたけれど…


a0099350_21123832.jpg


このコは連れ出せなかった……

(2点とも、まおさん撮影)



 全能の神でもないかぎりすべてを連れ出すことはできないと。

 そう思いながらも、せめて出会ったコはなんとかしたいと。

 毎回、毎回そう思うのです。


 どうか、まだまだ頑張ることができますように。
by amemiyataki | 2012-03-27 21:17 | 日常

言葉の記憶

 初めての猫、たきを迎えて世界が一変した。毎日が新鮮で、楽しくて仕方なかった。世界中の人に自慢したくて。そんな気持ちでホームページを作った。ほどなく、「さるさる日記」という、ブログの前身というべき日記投稿サイトを始めた。

 それが、2000年5月のこと。

 長年続いた「さるさる日記」のサービス終了のお知らせが届いたのが6月。ログのインポートエクスポートというのを初めてやってみて、移行した。

 2000年5月から、2005年までの5年間の記録というか、自分のための記憶箱。画像はなくなってしまったけれど。なんとまあ初々しいこと。と思う半面、なんだほとんど変わってないな自分と思ったり。

 更新はしないのでずっと広告がトップに固定されているけれど。よかったら、何かの時間つぶしにでもちらっとでもよかったらのぞいてみていただけたら嬉しいです。こちら

 この「さるさる日記」を通して出会い、今もご縁が続いている方々のことが浮かぶと、なんとも感慨深い。ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 あとは、さくらのレンタルサーバに載せていたブログをウェブ上に移行すればつながるわけで。いつになるかなあ。

More
by amemiyataki | 2011-07-20 01:32 | 日常

赤い倍音の月の年 電気の月 8日

a0099350_15505114.jpg

冷蔵庫の上のたき(目やにをとってから撮るんだった…)




 気づくと、9月は1つもエントリしていない。うはー。

 いろいろあったような、それなりの毎日だったような。


 掃除機が壊れ、新しい掃除機を買った。寿命だったとも思うのだけど、ちょうど掃除機を使っていたヘルパーさんが「壊して」しまったような状況でもあり、後で事務所の社長さんがお詫びに来て、相当分の商品券とお菓子を置いていった。貸しを作ったみたいでやんた(いやだ)と、昭和ヒト桁の母が言った。別にいんじゃないと私。


 たきのベスト体重は4.2キロ。それが、今は4.4キロ。どうりでずっしりしてきたなと思った。11月で11歳になる。調子はいい。でも、毛が白くなってきた…?
 そらまめ屋さんのベッドがお気に入りで、気づくとひとりでベッドがある台所で寝ている。

 そのそらまめ屋さん、子猫を保護して里親募集中です! こちら。黒猫の男の子。関西発です。どうぞよろしく!

*****

 先生のところの桃実ちゃんが19日、亡くなった。以前、とてもかわいがっていたピノ子ちゃんの月命日に拾った猫。ブラックスモークの、華奢な子だった。ピノ子ちゃんもそうだったけれど、桃実ちゃんもウイルス持ちだったみたいだと、先生が言う(先生は、自分の子にした猫は、基本的にウイルス検査をしない。たくさんいるけど、隔離もしない)。

 どちらも、3歳未満で亡くなった。以下、桃実ちゃんのこと。

「実は七月初めにお腹の中にでっかい腫瘍が二、三個有ることに気が付きまして
位置的に見てどうやら両腎臓と脾臓みたいだなあと。

若いし こりゃまたウイルス関連だろうし 両腎摘出は無理なので 外科処置はせず
ハイドラスティスやバーバリスとかのチンキのみ飲ませるのに留めました

でもその効果なのかなんなのか、七月 八月 九月と 全然元気で食欲もあり
全く病む事なく いよいよ食べなくなって点滴したのは最後の二日間だけで
最後の日の朝も いつものように私を追いかけて二階から下まで降りてきました

まあ 幸か不幸か お腹触ってすぐわかっちゃってたもんで
お陰で随分前から覚悟できてたし 三ヶ月たっぷりラブラブ出来たので
ピノ子の時ほどの後悔と衝撃はないです」

 先生はめったに感情を出さない。たぶん、飼い主の前では涙を見せないのだと思う。
 休診日のときに亡くなってよかった。(泣きはらした)こんな顔、とても見せられませんからねと、少し後になってからメールで知らせてくれる。

 そして23日、外猫のまだ若いオスを、うちの子にした。

 それにしても、「全く病む事なく」というのはいいなあ。先生、セミナー開いてくれないかなあ。

*****

 扁平上皮がんになった猫さんのことが気がかりで、あれこれ検索してみた。そうしたら、「ハーバル・ゴールド」という、悪性腫瘍にしか反応しないクリームがあるという文章にたどり着いた。つまり、そのクリームを塗ると「ポロッ」と、腫瘍が落ちるのだそうだ。

 そりゃすごい!と思い立ったが吉日。せっかちな性分は直しようもなく、ずうずうしくもそのクリームを処方している動物病院に電話した。夜になって、まさかお忙しい院長先生自身から電話をもらうことになるとは思いもせず、恐縮してしまった。

 いわく。がんに侵された部分が全部落ちてしまう。前に、別のがんになった猫に使ったことがあるけれど、表面部分はごく小さいからいけるだろうと思ったら、実際には15センチくらい肉がごっそり落ちてしまった。これは、ごく初期の段階で使うものだ(その、肉がこそげ落ちた猫は、今も元気に生きているそうだ)。進行しているのであれば、顔の半分がなくなってしまうのでは…それが、その猫にとってどういうことか…。

 いったいそれは何のクリームなんでしょうと聞くと。かつてネイティブアメリカンが使っていたもので、植物の根から作られたもののようだ、とのこと。


*****

 プチポンショッピングでもお世話になっていいるちろりろさんが、兄妹猫2匹を保護。里親募集する予定です。今のうちにチェックして、ぜひぜひ問い合わせてください!

 そして。やはりプチポンショッピングに出品してくださっているわかさんが、ペットと一緒に飼い主様もヒーリングキャンペーンを実施中。興味のある方、ぜひ!

*****

 9月は仕事が何かと慌ただしく(祝日が一週間に2日もあると、困るのだ)、ようやく先が見えたかと思ったら…。

 10月もちょっと大変そうだ。

 最近、気づいたこと。自分の仕事(技術)は、若い頃身につけたもの。今思うと、あの働き方、しごかれ方は相当ハードだった。そのおかげで、スキルが身についた。多少のことでは、へこたれない(仕事の上では)。幸いにも、この年になっても使えていること。かれこれ四半世紀になるって、おい…! 

 もっと謙虚に。もっと勉強するように。もっと鍛錬するように。

 昔。あんまり仕事ができなくて、大先輩に「私、この仕事むいてないんじゃないかと…」と、涙目で弱音を吐いたことがあった。「何言ってんのよ」とあきれられたけど。

 向き不向きって、関係ないんだと、今ならわかる。

 続けること。精進すること。仕事があることに感謝しよう。苦しいこともあるけれど、今頃になってこの仕事が楽しいとつくづく思う。できれば、その先にひとつ進みたい。それが希望。いや目標。がんばるのだ。
 
by amemiyataki | 2010-09-27 16:49 | 日常

いつか、空へ帰るまで

a0099350_15235920.jpg

8月4日、さんさ踊り最終日の夕方



 7月27日夜、ジェミーさんの愛猫、十らさんが亡くなった。

 保護したのは2005年5月後半。保護した翌日、不妊手術直前に出産。この奇跡的ともいえる幸運により、子猫たちを取り上げた先生が母猫を「トレラ」と名づけてくださった。「tremendous lucky(とてつもなくラッキー)」が由来。

 出産してそのまま病院預かりで子育てをし、8月に晴れて(?)プチポン入り。過去ログをたどり、当時を懐かしく振り返る。

 ジェミーさんに見初められ、三っくん(旧三七男)とともにもらわれていったのは翌06年4月30日。「十ら(とら)」と名前をつけてもらった。旧名のトレラと音が似ていて、ジェミーさんの心遣いを感じ、とても嬉しかった。
 それから生を終えるまで、十らさんは三っくん、うなちゃんというルームメイトとともに、ジェミーさんにかわいがられ、愛された。

 出産の際、呼吸が荒くなり先生が心配した。おそらく高齢出産でしょうとのことだったが、当時何歳だったのか。

 成猫の1年は、人間の4年分にあたるという。

 そうはいっても、たとえ十らさんがシニアだとしても、お別れは思いもかけず早く訪れた。けれど、ジェミーさんと暮らした4年間は、間違いなく十らさんにとって最高に楽しく、幸せだった時間だろう。

 空蝉さんが書いたように、かわいがってくださったジェミーさんをはじめ、里親さんにはただただ、感謝の気持ちでいっぱいです。


 保護状態、保護者はいわばゲートキーパー(門番)のような気もする。行き場のない状況から、本当の家族にもらわれるまでの境目にいる。その状況では、もちろん猫はかわいいけれど、どこか「預かりもの」という気持ちもある。

 誰かにもらわれるまで。

 「本当のおうち」にたどり着くまで。


 そんなことを考えていたときに、すてきなメールをいただいた。


猫という生き物は、言ってみれば
自然界を営む何者かから、私たちが授かった、
預かったというようなものかもしれません。

いつかお返しをする時まで、
一緒の生活を楽しみたいと思います。
 


 人間よりはるかに小さく、短い生をまっとうする猫。その猫を得がたい縁により自分の暮らしに迎え入れるということは、ある意味、とても幸運なことだと思う。

 命があるものは、いつか生を終える。私も。あなたも。

 その時まで、かかわった猫をさながら天からの預かりものとしていとおしみ、やがて別れが来たときは、悲しいけれど「お返しした」と思えるように。

*****

 そして8月4日夜、友人が面倒を見ていた子猫が生を終えた。この世に生まれて3ヵ月とちょっと。悲しいけれど、お母さんときょうだいと暮らしたこの3ヵ月ちょっとは、とてもすてきだったんじゃないかな。

 おやすみなさい。

 そしてこの次生まれるときは、どうか家猫になりますように。人間は怖くない。そう思えますように。今度はもっと長生きできますように。

 子猫の魂が安らかでありますように。
by amemiyataki | 2010-08-05 16:16 | 日常

百花の王

a0099350_1751590.jpg


 今朝、庭の牡丹が咲いていることに母が気づき、見て見て~と声をあげた。

 いつの間に。つぼみをつけたことすら気づかなかった。

 人間のささやかな営みとは別のところで、こうして自然の営みは脈々と繰り広げられているのだ。太古から。そしてこれから先もずっと。


 今朝、生を全うしたひとつの命に捧げたいと思った。ありがとう。おやすみなさい。

 
by amemiyataki | 2010-05-26 17:56 | 日常